SS 特別なカレンダー

ショートショート その14
特別なカレンダー


 

  目が覚めると少し頭が痛かった。昨夜の忘年会で飲みすぎてしまっ  たようだ。今日は日曜日なのでもう少し寝ていようと西塚はベットに  もぐり込んだ。  ――そうだ、あれは夢だったんだろうか。  ふと思い出し、起上がって薄目を開け、テーブルの上を見ると、そこ  に小さな金色に輝くカレンダーはあった。  ――夢ではなかったのだ・・。また失敗してしまった。こんなものに  七千円も出すなんて。酔って気が大きくなっていた。   最終電車を降りてアパートに向かって歩いている時だった。  「ちょっと、来年のカレンダー買わない?」  と声をかけられ立ち止まった。   商店街のはずれにある小さな公園の前に黒いロングコートの女は立  っていた。フードを深くかぶっているので顔はよく見えなかったが、  声には西塚を振り向かせる魅力的な甘い響きがあった。ほっそりして  スタイルもよさそうだ。   これは特別なカレンダーなのだと女は言った。どう特別なのか説明  を聞いたはずだが酔っていてはっきりと覚えていない。女の話にのせ  られて西塚は財布にあった最後の一万円札を出した。女はお釣だと言  って三千円をよこした。一日千円だから七日分で七千円と言っていた  ような気がするが、どんな意味なんだろう。   ベットから出てカレンダーを手にとって見た。トランプ程の大きさ  の金色のカードに来年のカレンダーが印刷されている。   数字を眺めていて思い出した。このカレンダーはどの月も三十一日  まであるのだ。二月が二十九日、三十日、三十一日の三日、四月、六  月、九月、十一月がそれぞれ三十一日、あるはずのない日がある。合  計で七日だ。それらの日には曜日がない。   このカレンダーを買った人だけがこの日を享受できると、確かあの  女は言っていた。一日分が千円だから七日で七千円なのだと・・。   二月二十八日の夜、十一時五十五分をまわっていた。西塚は駅前の  おでんやのカウンターで酒を飲んでいた。あのカレンダーを財布の中  に入れてはいたが、あまり気にしてはいなかった。   おでんやの親爺が「あとは何に致しましょう?」と言った時、あた  りがストロボのよう光って真っ白になった。西塚は思わず目を閉じた。  そっと目を開けてまわりを見ると全てが止まってた。親爺は西塚に話  かけて菜箸をおでんの鍋に差し入れようとしたまま人形のように固ま  っている。まわりの客もそれぞれの格好で止まっていた。壁の時計も  十二時を指したまま針が動かない。動くのは自分だけ、不気味な静寂  の世界だっだ。   じたばたしてもしょうがないと西塚は腹をきめた。もう一杯飲んで  落ち着こうとしてコップをつかんだが動かなかった。指で酒をつつく  とガラスのように固まっていた。皿のおでんも食品サンプルのようだ  し、隣の客は蝋人形のように不気味に笑ったまま固まっている。表に  でようとガラス戸を引いたがびくともしなかった。外を見ると通行人  も車も、野良犬も固まって動かなかった。   飲む事も食う事もできず、外にも出られない。西塚は腕時計を見た。  十二時十分を指していた。自分の身につけているものだけ動いている  のだ。財布からカレンダーを出して眺めた。今は二月二十九日になっ  たのだと思った。三十日と三十一日、こうしてここで過ごさなければ  ならないのだろうか・・・。酔いが西塚を眠りに誘った。   目を覚まして腕時計を見ると十時だった。多分朝の十時だろう。喉  が乾いたが水は飲めなかった。相変わらず世界は固まっていた。   退屈凌ぎに体操をした。腕立て伏せや腹筋運動をして疲れてまた眠  った。空腹と喉の乾きに苦しんだが、何とか三日が過ぎた。   二月三十一日の午後十二時が来て、突然世界が動き出した。何事も  なかったように親爺が「あとは何に致しましょう?」と言った。   西塚は「みつくろって」と頼むとがつがつ食べ、水をもらって一気  に飲んだ。まわりの客があっけにとられて見た。  「ひどい目にあっちゃったなぁ」  ぶつぶつ言いながら西塚はアパートに向かって歩いていた。公園の前  まで来るとあの時の黒いコートの女がいた。  「あんた、ひどいじゃないか、こんなもの売りつけて。返すよ」   カレンダーを突き付けて西塚は言った。  「そうですか。三日分使っただけだから残り四千円でしたら返品を受  け付けてもいいですけど・・。でも効果あったんじゃないですか。あ  なたお痩せになりましたよ」   西塚は肥満気味だった。この三日の絶食で数キロは痩せたと思う。  「三日も飲まず食わずだから当然だろ。それが何の効果なんんだよ」  「だからあの時ご説明したでしょう。このカレンダーは特別だって。  絶対効果のあるダイエットカレンダーなんです。月の境目で強制的に  断食できるんです。各月三十五日版もあるんですけどいかがです。こ  れが最も効果があるんです。私はこれでこんなに痩せたんです」   と言って女はコートを脱いだ。   ノースリーブのワンピースを着た長い髪の骸骨が立っていた。