SS11 同窓生

ショートショート その11
同窓生


 

 同窓会報の訃報欄に安藤友章の名を見つけた。 「あいつもとうとう逝ったか」  山根はそう呟くと、あの日の事を思い出していた。   安藤と山根は高校の同級だった。卒業後は二人とも就職のため上京  していたが特に連絡をとる事もなく月日が過ぎていた。   ある日、山根は配達の仕事で下町のアパートに行った。届け先の住人   は留守で隣室に頼もうとドアをノックした。  「江川運送ですが、隣の荷物預かって頂きたいんですが」   汚れた木の札に安藤と書いてあるのは見ていたが、まさか友章が出て  くるとは思わなかった。山根も驚いたが安藤もそうとう驚いたようだっ  た。昼寝をじゃまされて不機嫌そうな声が急に明るくなって再会を喜ん  だ。上京して七年経った夏の始めのことだった。   その日から山根はたまに安藤を尋ねては共に酒を飲むようになった。  安藤は小さな町工場に勤めていたがいつも金に窮していて、大概は山根  が安酒を土産に買って行って飲んだ。わずかだが金も貸していた。東京  で唯一故郷に繋がる絆を、山根は安藤に見出していた。   その日も山根は安藤の部屋で飲んでいた。友達の噂話に夢中になり、  秋のたそがれが辺りをほの暗くしたのにも気付かずにいると隣家の窓に  突然灯りが点いた。安藤の部屋は二階にあって隣家とは手が届くほどに  接している。二人は同時に灯りの方を見た。そこには左手で電灯の細紐  を持ち、右手で背広の内ポケットから厚い封筒を取り出そうとしている  老人の姿があった。こっちの視線に気が付いたのか、老人は睨むように  二人を見てカーテンを勢いよく閉めた。  「あの爺さん貯め込んでるって噂さ」   安藤は低い声で言った。職場の仲間とたまに行く麻雀荘にその木村と  いう老人は来ていて、いつも勝ちまくっているのだという。  「博才っていうの、あるらしいんだよね。あの爺さんはパチンコも競輪  も競馬もプロ並だって先輩達が噂してたよ。いや、実際プロって言って  いいかもしれない。若い頃から仕事もしないで博打だけで食ってるって  話さ。今日だって競馬で稼いで来たんじゃないの」  「へえ、いいご身分だね」  「一人暮しでギャンブル三昧さ。そう、明日は秋の天皇賞だ。爺さん  きっとあの封筒の金を元手に大きく賭けるんだろうな。いいなぁ」   その時、隣の窓から「ガラガラガラ、ドスン」という大きな音が響い  てきた。何か大きな物が落ちたようだった。二人は一瞬顔を見合わせ、  先に安藤が立ち上がり窓を開けて、木村さんと二、三度呼んだ。答えは  なかった。手を伸ばして隣の窓も開け、木村さんどうかしましたかとも  う一度声をかけたが、やはり返事はなかった。二人は窓から隣の家に跳  び移った。誰もいない部屋から廊下に出ると階段がある。こわごわ下を  覗くと老人が頭から血を流して倒れていた。足を踏み外して落ちたのだ  ろう。意識はなかった。   それから救急車を呼んで病院に運んだのだが、即死だったと医師は言  った。当り所が悪かったようだ。警察の事情聴取を受けて二人が安藤の  アパートに戻ったときには時刻は九時を過ぎていた。  「俺さ、これ持ってきちゃった」   部屋に入るなり安藤はそう言って、厚手の封筒と小さく畳んだ競馬新  聞をポケットから取り出して山根に見せた。  「さっき爺さんの足元に落ちていたのを拾っておいたんだ。爺さんきっ  とこの印をつけた馬に賭けようとしてたんだと思う。封筒には千円札が  百枚入ってる。俺さ、代わりにこの金で馬券買ってやろうと思うんだ。  死人に博打はできないからな。供養だと思ってさ」   翌日の夜、安藤がやって来て言った。  「ずばり的中だ。さすが爺さん。八倍で八十万。山分けといくか」  「いや、お前が当てたんだ。俺は十万でいいよ。口止め料に頂くよ」   老人に返すつもりで山根はその十万円を匿名で老人福祉施設に寄付  した。当時の十万円は現在の百万円ほどの価値があったと思う。   あれから五十年の月日が流れた。  「安藤、死んだんだってな」   山根は、安藤とも親しい同級生の吉田に電話して言った。  「ああ、去年の秋にな。ギャンブル気違いも年貢の納め時さ。お前は  忙しいだろうと思って連絡しなかったんだが、悪かったかな」  「いや、それはいいんだ。それより安藤はなんで死んだんだ」  「あいつ博打で生活荒れてたからな、家族にも見捨てられてあの年で  もずっと一人暮しだろ、何でも階段から落ちて死んでたらしいよ。隣  の家の人が物音聞いてすぐ行って見たけど、即死だったって話さ」   安藤の脳裏にあの時の老人の姿と安藤が重なって浮かんだ。  「会長、国土交通省有識者会議にお出かけになる時刻でございます」   秘書が呼びに来た。今行くと言って山根はゆっくり立ち上がった。   老人が死んだ翌日、自室のタンスの奥から七年間かけて貯めた二十  万円を取り出すと、山根は府中の競馬場に向かった。もちろん老人の  予想した馬券を買うためだ。あっという間に百六十万円になった。翌  年その金でトラックを買って独立した。現在、業界日本一の規模を誇  るヤマネ運輸株式会社の礎である。