SS10 ドリームトラベル

ショートショート その10
ドリームトラベル


 

  帰社すると小池は編集長に呼ばれた。 「ドクター中沢のところに行ってくれ。面白い発明をしたらしいん だ。その取材だ。カメラも持ってけよ」 「ドクター中沢って、いつも変な発明ばかりしてるあの人ですか?」 「そうそう、その中沢だ。他にいるかぁ、ドクター中沢が」 「でもドクター中沢の発明とうちの雑誌とどう関連があるんですか」   小池の所属する編集室では旅行専門誌を作っていた。 「それは俺にもよくわからんのだが、社長がドクター中沢と知り合い  でな。取材してくれって本人から直接連絡があったらしいんだ、さっ  き。それもさ、旅行関係の記者をよこせってご指名さ。今のところ手  が空いているのは君しかいないんでね。何だかよくわからないんだが  とりあえずすぐ行ってみてくれ。住所はこれだ」  書きなぐったメモを渡した。   応接室のソファに座って待っていると、しばらくして白髪頭に白髭  の仙人のようなドクター中沢が本を数冊抱えて入ってきた。 「初めてお目にかかります。私、月刊旅行ジャーナルの記者をしており  ます小池と申します」 「やあやあ、ご足労かけますな。私が中沢です」   名乗りが終ると、ではまずこれをご覧下さいと言ってテーブルに置い  た本の間から写真を取り出して小池に見せた。 「これがあの絵にも描けないと歌われた竜宮城の本物の写真です。入り  口付近で名残惜しそうに手を振っているのが乙姫様ですな」   そんな馬鹿なと思いながら覗くと、昔絵本で見た竜宮城らしき建物が  少しピンボケ気味で写っていた。確かに門に掲げた扁額に『竜宮城』と  ある。   乙姫らしき人物もやはりピンボケで立っていた。手前にピントが合っ  ているらしく鯛と平目と思われる魚が空間に浮いていて建物に少し被っ  ているところを見ると水中写真の様でもある。   ――いや、そんなわけはない。合成写真だろう。   疑いが小池の顔に出たのか、にわかには信じられんだろうがと言って  ドクター中沢はもう一枚の写真を出して見せた。 「これがシンデレラが落としたガラスの靴です。少し暗いが」   西洋風のお城の石の階段を暗い背景にして、ストロボが当たっている  場所に光った靴が転がっている。映画のセットで写した写真だろうと小  池は思った。それにしても素人の写真なことに間違はいない。ピントも  露出もいいかげんだ。 「お疑いになるのは当然です。だがこの薬を試して頂ければあなたにも  信じていただけるでしょう」   中沢は薬ビンをポケットから出した。 「写真は私が写してきたんですよ、この薬を飲んで」   小池には何が何だか意味がわからなかった。 「説明しましょう。この薬を飲むとまず眠くなる。そして眠った状態で  人間が本来持っている超能力が蘇るのです。胸に本を抱いていると透視  能力が本の内容を脳に呼び込み映し出します。まあ、夢を見ている状態  と思ってください。さらにカメラを持っていると念写することも可能で  す。まだ二十分しか効果が持続しないので、今のところは短時間で読め  る子供向きの本しか使えないが、近い将来、長編小説も楽しめるように  改良するつもりです」 「私は旅行雑誌の記者です。そういうお話でしたら科学雑誌の記者が来た   ほうがよかったのではないでしょうか」  「いやいや、そうではないのです。私はこの発明で旅行を企てています。  例えば『ガリバーと行く不思議な世界』とか『空飛ぶ絨毯に乗るアラビ  アンナイトの旅』などです。人々はもう普通の旅行には飽きています。  旅行代理店を通じて売り出せばこの新しい旅行はヒットすること間違い  なしです。なんせ本とカメラを持って薬を飲んで横になるだけですから、  本を変えれば企画は無限です。そこで専門家の立場で体験し写真を撮っ  て記事にしていただきたいのです」   時間はかからないからと半ば強引に小池をソファに寝せてカメラを持  たせた。   更に、最初は簡単なのでいいでしょうと言って浦島太郎の絵本を胸に  乗せた。そして唖然としている小池の口に薬を一錠放り込んだ。甘い香  りが体を包み、深い眠りに落ちていった。   浦島太郎が亀を助けるのが見える。大亀が恩返しだと言って太郎を迎  えに来た。小池は後ろから追いかけるようにして見ている。竜宮城が見  えてきた。   乙姫が魚達を引き連れて迎えに出ている。踊りが始まった。太郎は酒  を飲み歌い遊ぶ。そのうち太郎は帰ると言い出した。名残惜しいと乙姫  は泣いてみやげを渡す。太郎は亀に乗って竜宮城を後にする。小池は慌  ててカメラを構えた。   その時突然海の水が黒く渦を巻いた。小池はまるで洗濯機の中にいる  よう翻弄されて目が回った。溺れると叫んだ。ドスンと体が落ちて目が  覚めた。ソファから落ちてカメラのレンズも割れている。   ドクター中沢がサインペンでぐるぐると書きなぐって絵本の最後のペ  ージを消そうとしていたのだった。  「間に合ってよかった。最後のページの煙には気をつけろって注意する  のを忘れててね。わしは失敗してこうなってしまったんだよ」  と言って白髪頭を叩き白髭をなでた。   出直してきます、と顔面蒼白の小池はころげるように退散した。