SS8 バリアドレス

ショートショート その8
バリアドレス


 

  地球温暖化は年毎に進んでいた。春でもニューヨークの気温は    摂氏四十度を超える日があり、五十度になると気象局は危険猛暑    警報を出して警戒を呼びかけた。夏は勿論、春や秋にも警報が出た。   犬の散歩は夜にするのが常識になり、セントラルパークの昼間は   日曜日でも閑散としていて夜中のほうがむしろ人通りがあった。し  かし夜でも三十度はあったので少し歩いただけで汗がでる。   昼夜を問わずエアコンのないところにはいられないから、家から  出るとすぐにエアコンを効かせた車に乗り、目的地に着くと駐車場  から急いでオフィスなりショッピングセンターなりの涼しい室内に  入った。エアコンは二十四時間フル運転され更に都市部の気温が上  昇するという悪循環も生まれた。   昔はよかった、と老人達は言った。週末は家族や親しい友達と庭  に出てバーベキューを楽しんだものだ。サンドイッチを持ってピク  ニックにも出かけた。時々はおめかししてガーデンパーティーにも  行った。夢のようだ。今そんな事をしたら死人がでるだろう。   ところが今年からは違った。衣服が変わったからだ。   もともと衣服は寒さを防ぐのが第一の目的で作られたはずだ。と  ころが温暖化の進んだ現在、事情は違う。テクノウェア社はそこに   着目して、暑さを防ぐための衣服の研究開発に社運を賭けた。   そして、地球温暖化を克服する画期的な製品「バリアドレス」の  開発に成功した。量産にもこぎつけ、去年の十二月にとうとう一般   に発売を開始したのだった。   バリアドレスは衣服史上に残る大発明となった。これまで人類は  毛皮をまとい、繊維を織って衣服としてきた。ところがバリアドレ  スは毛皮でも織物でもなかった。新物質のバリアをまとう。   五百円玉を三枚重ねた程の大きさの本体に、大容量で超小型のク  リスタルバッテリーを装着、好きな服のイメージを同社のホームペ  ージからダウンロードし、コンピューターからピンメモリーに取り  込んでセットする。それを胸の皮膚に直接貼りつけ、指紋認証によ  るスイッチをオンにすると、どんな体形にもぴったりあったバリア  ドレスが現れて体を覆う。開発段階では指紋認証の感度が悪く、ト  イレで慌てたというモニターからの意見を参考に改良して任意の二  本の指を交互にスイッチへかざすだけで脱着でるようした。   外見がこれまでの衣服と全く変らないばかりではなく、体温を常  に最適な状態に保つ保温機能や、保湿機能、消臭機能、抗菌機能な  どが装備され身体をいつも快適な状態に保った。脱ぐのは風呂とト  イレの時ぐらいで、寝るときも着たままでかまわなかった。   リタにガーデンパーティーの招待状が届いた。去年までなら考え  られない事だが日時は真夏の八月最初の日曜日午後二時、もちろん  「バリアドレス着用のこと」とある。会場はテクノウェア社の中庭。  招待状はテクノウェア社の研究室に勤めるボブが送ってきた。   リタはとびっきりかわいいドレスを一着ダウンロードして着た。  なかなか似合う。気温は五十度は超えて危険猛暑警報が出ていたが  快適だった。これまでなら冬しか乗れなかったオープンカーでボブ  が迎えにきた。ボブはタキシードでビシッときめていたが汗一つか  いていなかった。   会場は賑わっていた。太陽は燦燦と輝いていたがバリアドレスは  紫外線も防いでくれる。   ドリンクを取ってくると言ってボブが離れると親友のキャサリン  が近づいてきて、しばらくね、と言った。  「リタ、あなた今、彼とつきあってるの」   ボブの後姿を指差してキャサリンが言った。  「ええ、でもまだデートはこれで三回目」  「そう、じゃあまだ気付いてないかな。ボブってマザコンだって噂  よ。いまだにママに添い寝してもらってクマさんのぬいぐるみ抱い  てないと眠れないらしいわよ」   キャサリンはぬいぐるみを抱いて寝るしぐさをして笑った。  「そんなぁ、信じられないわ」  ボブは学生時代はアメフトの選手で体はがっちりして背も高い。  精悍な顔にくっきりした眉が男らしかった。これまで彼が母親につ  いて話した事は一度もなかった。  「人は見かけによらないってことよ。気をつけなさい」   もう一度フフフと笑ってボーイフレンドの方に戻って行った。   ――あの男らしいボブがマザコンだなんて、そんなわけがない。  スポーツマンだし一流企業の優秀な研究者なのだ。きっとキャサリ  ンは素敵な人をボーイフレンドにした私に嫉妬しているのだ。   ボブがワインを二杯持って戻ってきた。ワイングラスの脚の部分  でなくカップの部分をべたっと持っているのが子供っぽくて気にな  ったが、飲んでみると美味い。さすが一流企業はワインも一流だ。   一気に飲んで、もう一杯いただきたいわとボブの胸元に空のグラ  スを突き出したとき異変が起きた。ボブのタキシードが消えたのだ。  ワイングラスに付いたボブの指紋がドレスのスイッチに反応したよ  うだった。慌てて彼はスイッチを押して元に戻したが、リタは見た。   ボブはクマさん柄のパンツを履いていた。「オォ、マミー」と小  さく言うのも聞いた。キャサリンが言ったのは本当らしかった。