SS6 食事時の電話

ショートショート その6
食事時の電話


 

 「娘を預かっている」  電話の男はドスのきいた声で言った。  「どうして、そんな・・・」  明枝は二の句がつげなかった。  「黙って聞け。警察に知らせたら娘の命はない。無事返して欲しかった  ら五百万円用意しろ。受け渡し方法はあとで連絡する」  一気に言うと「あのう・・」という明枝の言葉を無視し  「わかったな、絶対に警察には言うなよ」  もう一度念を押して男は一方的に電話を切った。   受話器を置くと明枝は途中だった朝食を食べ始めた。  ――いったいどういうことなんだろう。新手の振込め詐欺だろうか、   それともただの悪戯だろうか?   先月の電話を思い出していた。   受話器を取ると、俺だよ薫だよ、車で人をはねたと泣きながら不明瞭   に言う男の声が聞こえてきた。そのあと、電話を代わった弁護士と名乗  る男が、息子さんは妊婦をはねた。相手方が三百万円なら示談に応じて  もいいと言っている。指定の口座に本日三時までに振込んでもらえない  だろうか。支払わないと薫君は刑務所に行くことになると言った。  気が動転した明枝はすぐに振込みますからと言って振込先をメモした。  慌ててタンスから通帳を出しているとまた電話が鳴った。 「もしもし、母さん、薫だけど。悪いんだけど今月少し足りなくなっちゃ  てさ、二万円でいいから送ってくれない」  すまなそうにいう次男の薫の声が聞こえた。 「あんた交通事故おこして人をはねたんじゃないの?」 「なに言ってんだよ。僕はこっち来て車の運転はしてないよ」  振込め詐欺だった。さっきの電話のことを話すと、 「偶然とはいえ僕が今電話入れなきゃ詐欺にひっかかって三百万円の損害  だよ。それに比べれば二万円は安いもんだよ。じゃ、お願いね。でもさ、  気をつけてよ。母さんおちょこちょいなんだから」  と調子のいい事を言った。しかし、薫が電話をくれたおかげで三百万円  が二万円で済んだことは事実だった。  ――それにしても、娘を預かっている、と言ったさっきの電話は何なん  だろう。  と食後のお茶を飲みながら思った。   明枝に娘はいなかった。今年二十一歳になる長男の操と十九歳になる  次男の薫の二人の息子がいて共に東京の大学にいっている。長男はめっ  たに連絡もよこさないが、まめな次男は時々電話をよこして近況を伝え  ていた。少し離れたアパートにいる長男の操の様子も聞いている。二人  とも元気でやっているらしかった。   昼食を食べているとまた電話がなった。 「金は用意しただろうな」  今朝の電話の男がまたどすをきかせた声で言った。 「金って何の事ですか?」  語気を強くして明枝は言った。 「寝ぼけた事言うんじゃねえよ。娘の操ちゃんの身代金だ!」   そうだ。詐欺師は何かの名簿を見て電話してるのだ。そして操という   名前から女だと思いこんでいる。   息子達の名前は三年前に交通事故で死んだ夫が、男、女、どっちにも使  える名前だと言って生まれる前から決めていたものだ。やさしい子に育  ちそうで明枝も気に入っていた。そしてその通り二人ともやさしい子に  なった。  「そんなカネ一円も出せません」   毅然として言った。  「娘がどうなってもいいんだな」  「どうぞご勝手に。煮るなり焼くなり好きなようにしてください」   言い捨てると勢いよくガチャンと音をたてて電話を切ってやった。胸  がすーっとした。夫の保険金と事故の賠償金とで家族が暮らすのに充分  な貯蓄があった。だから五百万円ぐらいすぐに用意はできる。  しかし、詐欺師にやる金はない、と明枝は思った。  夕食を食べているとまた電話がなった。今日はよく食事中に電話のなる  日だ。  「もしもし、母さん」   緊張して受話器を取ったが、薫の声でほっとした。 「兄さんにずっと口止めされてたんだけどさ、いつまでも黙ってるわけに  もいかないから言うね。実は兄さん、ずいぶん前に大学やめちゃってた  んだよ。それでずっとアルバイトばかりしててさ」  寝耳に水に、更に晴天の霹靂を加えるように続けて言った。 「貯めたお金を頭金にローン組んで三ヶ月前に整形手術してさ、すごい   美女になったんだよ。それでね、先週訪ねて行ったら、新宿の風俗店の  面接に行くって部屋で履歴書を書いてるんだよ。危ない店の噂も聞くし、  やめたらって言ったんだけど・・。心配で今日来てみたら、あれから   ずっとアパートに帰ってないみたいなんだよ」   明枝は受話器を持ったままその場にへたり込んだ。