SS5 電波時計

ショートショート その5
電波時計


 

  雅司は今日、寝坊して学校に遅刻してしまった。  もともと寝起きが悪いたちでベットに入る前には必ず目覚し時計   をセットするようにしている。昨夜も確かにそうしたはずだ。夢   うつつにベルが鳴るのを聞いたような記憶がある。だがタイミン   グが悪かった。夢の中で空手の試合をしていたのだ。近く行われ   る全国高校空手選手権大会出場にむけての連日の練習で疲れても   いた。   目覚しが鳴ったと同時に一撃を加えたらしかった。起きて見る  とベットの脇に無残に壊れた時計が転がっていた。  「雅司、あんた今朝なんだか起きてくるのが遅いと思ったら、目   覚し壊しちゃったんだね」  夕方空手部の練習を終えて帰ってきた雅司に台所の母が言った。   「起こしてくれればいいのに、遅刻しちゃったよ」  「なに言ってんの、体ばっかり大きくなって。自分のことは自分で  するの。遅刻だって自己責任よ。あんたと佳子とお父さんのご飯と  お弁当作って洗濯して掃除して、それからパートに行くんだよ、お  かあさんは」  「わかったよ。でも目覚しがないとなぁ。新しいの買ってくれる?」  母は即座に、自分の小遣いで買いなさいと言ってまた葱を刻み始めた。   翌日の土曜日も危なく寝過ごすところだった。幸い九時からの練習  だったから間に合ったが目を覚ましたのは八時三十分に近かった。   ――やっぱり目覚し時計を買わなくては。   日曜の昼に近い時刻、遅い朝食を食べながら雅司は思った。   午後になってから雅司は繁華街の時計店にでかけた。壊してしまっ  た時計を買ったのもその店で数年前に一度母と来たことがある。  店に入ると左手の壁には掛時計が、右手の棚には置時計がいくつも並  んでいた。フロアにはガラスケースがあり、ここには腕時計が、これ  もたくさん置いてあって、ケースに囲まれた中に女性店員三人と時計  修理職人風のおじいさんが一人いて数人の客に時計を見せていた。  目覚し時計は右の出口に一番近いあたりの棚にあった。派手なピエロ  の目覚しの隣に、殴っても壊れそうもない堅牢なタイプのものがある。  こんなのがいいかな、と値札を見たが高すぎて手が出ない。千円一枚  しか持っていないのだ。あと五枚ほど足りない。  さらにその横に電波時計という表示のものがあった。これは以前母と  来たときにはなかったように思う。今は十数種類ほどもある。  説明のパネルがあって、何でも日本に二基ある電波塔からの電波を   一時間おきに自動的に受信して合わせるのできわめて正確な時刻を  表示するのだそうだ。見るとどの時計も一分一秒の狂いもなくぴったり  同じ時刻を表示している。デジタルタイプの電波時計でアラーム時刻を  合わせれば秒単位の正確さで音が鳴るらしい。  この電波目覚し時計を持っている何人かが、例えば同じ朝七時にセット   したしたとすると全国一斉同時刻に電子音が鳴り響くだろう。今まで  大体で合わせていた目覚しではそうはいかない。ラジオの時報のように  正確に鳴り、日本中で一斉に布団から手を伸ばして時計を叩く姿を想像  すると何だかおかしかった。  これにしようかな、と思ったがまだちょっとお金がたりなかった。最も  安いものでも千円を少し越えている。   雅司はふと面白そうな悪戯を思いついた。   店の人が見てないのを確かめてから、棚にある十数個のデジタル電波  時計全部のアラームを三時十分ちょうどに合わせた。五分後だ。一斉に  鳴り出したらみんな驚くだろう。混乱のどさくさで一個ぐらいくすねら  れるかもしれない、と悪い考えも頭をよぎった。  セットし終わると雅司は出口に近いほうに移り、他の時計を見るような  そぶりで三時十分を待った。  あと数秒というところでその騒ぎは起こった。  ガラスケースの上に並べさせて見ていた高級腕時計を、背の高い外国人  らしい男が鷲づかみにして逃げようしたので、勇敢な女性店員がその腕  にすがりついたのだ。男が何かわからぬ国の言葉でわめいて振りほどこ  うとしたその時、雅司のセットした時計が一斉に鳴った。そのけたたま  しい音を、外国人の男は防犯サイレンと思ったらしかった。  男は慌てて時計を投げ出し、一目散に出口に向かって逃げ出した。唖然  として見ていた雅司は危うくぶつかりそうになって、とっさに体をかわ  し足を払った。すると男は大きく一回転して店頭の路上にドスンと尻餅  をついた。たゆまぬ鍛錬の成果と言うべきだろう。  その日の夜、時計店の店長が雅司の家を尋ねてきて「犯人を捕まえてい  ただいたお礼に」と言って一個の時計を差し出した。 「それにしてもなぜあの時一斉にアラームが鳴ったものか?」  店長のその言葉には答えず、雅司はうしろめたい気持ちを隠して、あり  がたくその正確無比の電波目覚し時計を受け取った。