聖域なきおバカ

痛みを伴い痛み入ります

百舌花を濡らすおバカの雫



現代科学の進歩と限界

  現代科学の進歩は近年とみに著しく、我々の生活は日進月歩めまぐるしい変貌をとげています。例えば、IT技術がこのように発達すればこそ、あなたはこうして簡単におバカの実態を垣間見ることができ、有意義な暇つぶしが可能になったわけです。インターネットの発達なくしておバカのグローバル化は実現しなかったといえるでしょう。「科学技術をバカなことに使うんじゃない」というご意見もあるでしょうが、とりあえずそれは聞かなかったことにして、進歩だけを見てタイシタモンダと言っておきます。
  しかし科学がいかに発展したと言っても、未だ解明できない事象は数々存在します。「知るほどに知らざるの大なるを知る」と申します。(今私が申しました)人間の知識など氷山の一角にも及びません。例えば、私が子供の頃「へそのゴマを取るとお腹が痛くなる」と大人達に言われ「どうして?」とわけを聞くと「昔からそういうことになっている」というばかり。「そんなことあるもんか」と忠告を無視してゴマを取ると本当に痛くなったものです。ゴマを取ると本当に腹が痛くなるのです。しかし、その因果関係は未だに解明されないままです。
  もう一例、昔、息子が風邪をひいて幼稚園を休んだ時のことです。病院に連れて行き症状を説明しました。咳きが出ること、微熱があること、鼻血を出したこと、しかし鼻血はチョコレートの過食が原因と思われること、話しました。すると医師は即座に、医学的にチョコレートと鼻血に関連性はない、と断言しました。私は昔からチョコレートを食べ過ぎると鼻血がでると信じて生きてきました。それをかくも簡単に否定されては得心がいきません。その場では「そんなものでしょうか」と引き下がりましたが、10日ほどして息子の風邪も治ったのを見計らい、多量のチョコレートを与えてみました。すると程なくして鼻血を出したのです。1度ならず2度も鼻血を出したのですが、念の為にもう1度、一月後に再度試してみました。やはり息子は鼻血を出しました。600円の費用をかけた3度にわたる検証の結果、チョコレートと鼻血の関連性は実証されたと言っていいでしょう。ただ、関連はあるもののなぜそうなるのか、21世紀になった現在まで未だ解明されていません。
  未解明はまだまだあります。人は書店や図書館に行くと便意を催します。以前は私だけなのかと思っていましたが、ある日、妻を伴い図書館に行きました。その時の妻の行動を詰問すると、妻も図書館で便意を感じる事を告白しました。ちなみにスーパーに言っても同様の事例があると追加告白しました。この時、私は始めて人には「便意誘発特定箇所」があることを確認してのでした。その後、数人の知人にあたって調査をしたところ「あるある」と自分だけでなかったことに勇気づけられ、晴れがましく、或い恥ずかしげに答えてくれました。これらのアンケートでは、図書館、書店、スーパー以外に美術館、博物館、彼女の家などを「便意誘発特定箇所」としてあげる者がることを確認することができました。
  なぜそれらの場所が便意を誘発するのか?仮説としてはアカデミックな雰囲気が緊張を高めるからという者もいましたが、ではスーパーや彼女の家はアカデミックか?とか、マンガを立ち読みしに行く書店に緊張があるか?とか、便秘の図書館員はいないと言うのか?とかとか、仮説を否定する意見も多々あり定説を形作るに至りません。あぁ「知るほどに知らざるの大なるを知る」のでした。

おバカの聖域と限界

  先日、会社の帰り某大型書店に立ち寄りますと例によって便意を催しました。勝手知ったる本屋のトイレ、一番奥の個室に入り静かに戸を閉めました。この書店のトイレは昔から何度となく利用させてもらっている私の安住の場所、いわば聖域です。古い中にもデントウに培われた重厚な黄ばみ、壁に刻まれたケガレある悪戯書きにもある種のアカデミズムを感じております。
  さて、個室に入ると先ずは落ち着いて紙のあることを確認、次に片手をベルト金具の解除作業に、片手を便器のフタ持ち上げ作業にと同時進行で行動を起こしました。そしてフタを上げたその時です、私はハッとして動きを止めました。鏡のように静かに便器の中に蓄えられた水、その洗面器一杯ほどの水に小さく折りたたんだ紙片が浮いていたのです。その紙片は私に見つけてもらうのを待っていたかのように半ば体を水に沈め、静かに漂っています。私は目を皿のようにしてその紙片を見ました。多少ふやけていはいますが、その紙片には紛れもなく尊敬する明治の文豪夏目漱石先生の肖像が印刷されています。折たたんであるため尊顔は右半分しか確認することはできませんが、見覚えのある口髭!間違いありません。そうです、それは折りたたんだ千円札なのです!
  通常の場所でしたら私は即座に拾い上げていたでしょう。しかし、それは便器の水中を浮遊しているのです。さすがの私も躊躇しました。それにここは個室です。他に競争相手がいるわけでもありません。それを拾い上げて、実はお札ではなく、広告チラシなどのただの印刷物だったりしたら、人に見られていないとは言え、おバカの聖域で徒に手を汚すだけです。頬の緩むのを感じながらも、ゆっくりと便座を持ち上げ、再度の確認の為に顔を近づけて便器の中を覗きこもうとしました。体を支えようと左手を水洗タンクに当てて腰を屈めた時、パラリとネクタイが垂れ、不覚にも先っぽ10センチほどが便器の水に浸ってしまいました。「やば」慌てて反り返ると、その拍子にタンクのレバーに触れてしまい、ゴゴッという音がしたかと思うと、便器の水が渦を巻き始めたではありませんか。「やばやば」もう躊躇しているひまはありません。サッと冷たい水の中に手を差入れると間一髪、くるりと私の手をすり抜けた夏目漱石は、ベースランニングの得意なイチロー選手のように私の手をかすめて走り去り、便器の穴から下水管の彼方へと去って行ったのでした。
  後に残ったのは、文豪に置き去りにされた私。濡れたネクタイと右手の先からは怪しげな雫がしたたり落ち、完全に便意を喪失してボー然としてたたずんでいました。

  私はいったいこの個室に何をしに来たのだったのでしょうか?


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