おバカのノーリツ学
人生を2倍に生きる「人生倍増計画」

・・・アナタも今日から実行・・・

*** ムダを廃してノーリツ第一 ***



・あなたは無駄なく生きてますか?・

  「人生五十年」と謡って信長さんは志半ばで亡くなりました。現在は7、80年が平均の寿命とはいえ、それでも百年生きる人はマレです。
  しかし、人生を実質2倍に生きる方法がないわけでもありません。あるいは、やりようによっては3倍という手もあります・・・。それはどういう方法か?といいますと、簡単です。能率良く生きるのです。
  昔はコツコツと手作りで作られていた製品も、能率的なオートメーションによる流れ作業によって、生産は10倍にも100倍にもなりました。それを人生に応用しない手はありません。
  例えば、朝起きてトイレに行き、出てきて新聞を読み、その後、朝食を食べるのに合計30分かかったとしましょう。それを同時にする、つまり「トイレで新聞を読みながら朝食」をとれば3分の1の10分で済んでしまうでしょう。これを全てに応用すれば人生を3倍に生きたのと同じではないでしょうか!ついでに「トイレで新聞を読み朝食をとりながら歯を磨け」ば4倍、「トイレで新聞を読み朝食をとり歯を磨きながらラジオを聴け」ば5倍と、人生なんて工夫次第で何倍にも圧縮して生きることが可能です。チョロいモンです。いっそそのままトイレで仕事をしてトイレで寝て、ずーっとトイレで暮らせば鶴や亀のように千年も万年も生きてしまいます。ただ残念なことに我が家では、この理論に対して家族からコンセンサスが得られず、いまだに朝食はもとよりトイレで新聞も読めない状態が続いてはいますが・・・。進みすぎた理論を顕わした天才がいつの世にも受ける無理解や迫害と諦め「それでも地球は丸い」とうそぶく今日この頃です。

・最近の“能率活動事例”・

  かくして家庭内での能率活動を、家族というもっとも身近な存在から阻まれながらも、そのあくなき学究心の止まるところ知らず、やむなく家庭外での実践活動を推し進めておりました。

  つい先日の午後3時過ぎことです。仕事で、あるビルの一室にある会社を訪ねました。角々鹿々と用事もすみ「ではどうぞよろしく」と廊下にでると、昼に飲んだ「桃の天然水」がヒューヒューと膀胱を圧迫するのでしょうか、急に尿意をもよおしました。
  大きなビルの中ほどの階にある通路はシーンとして人気がありません。トイレはイズコと見渡しますと、長い通路の端の方に赤い淑女と青い紳士のシンボルマークの扉が見えました。こういう立派なビルの清潔なトイレで心静かにオシッコするのは心地よいモノです。「しず心なくオナラするらん」という状態になったとしても誰に咎められることもありません。私はそそくさとダイレクトにクダンのトイレに向かいました。

  しかし、こういう時にあっても私は「人生倍増活動」の習慣を忘れることはありません。トイレのドアを右手で開けると同時に左手はズボンのチャックをつまみ、室中に入りながら下げ始め、下げ終わるやいなや内容物を引き出し、便器の前に立ったときには既に放水準備OKという体勢に入るのです。後はただ下半身の筋肉の緊張を緩和するだけという、よく訓練された消防隊員のような俊敏な動作をホンの数秒で行うのです。このノーリツ的な動作こそが、中味の濃い人生を実現します。
  すぐに、その青い紳士マークの部屋の前までたどり着くと、やはりその辺りもシーンとして人の気配がありません。いつものようにトイレのドアを開けると正面には大きな鏡の付いた手洗い用の流し台が2台、左を向いて右側に個室が2つ、左側に小便器が3台位という造りでしょうか。私は入室した時点で既に左手をズボンのチャックを下げにかかり、そのペースを保ち右手をズボンの奥へと進入させ、同時に歩を進めて左に曲がりました。
  と、その時です、何かの棒に足がひっかかり「あっ!」と声を出して前につんのめりました。この緊急事態にズボンの中を探索中の左手をも動員して、両手をペタリと床についてしまいました。「あらま!」という声が背後から聞こえました。前のめりのまま首だけ後ろを振り向くと、トイレ内のタイルと同色のベージュの制服を着た掃除のおばちゃんがモップを小脇に抱え、小便器の横を雑巾で磨きながら、こっちを見ているではありませんか。足にひっかかったのはそのモップの柄だったのです。これが「水戸黄門」のロケ現場であれば、老けた「くノ一忍者」が隠遁の術を使い私の足元をすくったという場面になりましょうが、現実のこの場面では「風車の弥七」は助けに来ません。
  「ダイジョブ?」おばさんはそのままの体勢を保ちながらこちらを向いて言います。
  ダイジョブったって、私は慌てて右手をズボンから引きだした拍子に、中からシャツの裾の部分などを一緒に引き出し、ブザマな有り様なのです。その上、両手は濡れた床の為にビチョビチョです。床が濡れているのはきっと、黙々と便器の横を擦っている勤勉なおばちゃんが、今しがたそのモップで拭いたのでしょう。
  この状態でおばちゃんの方を向くわけにもいかず「はぁーはぁー」と自分ながらわけのわからぬ声を出し、とりあえず左側の個室によろめきながら入りました。避難と言ってもいいかもしれません。横歩きで扉を開け、すぐにしっかりとカギをかけました。

  まず、このアットホームな個室でトイレットペーパーを相当量引き出すと濡れた手を拭いました。
  私は本来ここへ小のため訪問したのです。なのに心ならずも大のための個室に入ってしまいました。どうしたものかと考えましたが、とりあえず当初の目的を果し、行きがけの駄賃にあわよくば大もすませてしまおうとズボンを下げて便座にすわりました。私は転んでもただでは起きはしないのです。
  大は小を兼ねると言います。個室の大便器は、大を小に流用してもどうこうと了見の狭いことを言ったりはしません。特に洋式便器は包容力があり、今や日本の家庭のトイレを席巻し、コンピューター界を牛耳るマイクロソフト状態です。
  とりあえずはトイレでできる重要な作業を終了して腰を挙げようとすると、緊張で冷汗かいたお尻に便座が貼りつき、さらには落下して、バタンと大きな音をたてました。ちょうど銭湯で桶を落した時のように静寂のトイレ内にエコーして響き渡り、さらにお尻に冷汗が吹き出るのでした。
  聞き耳を立てると、おばさんが便器を擦るキュッキュッという音がやっとやみ、水が流れるジャーという音が聞こえました。女性はご存知ないかも知れませんが、近頃のハイテク小便器には前面に光センサーが設置してあるのです。前に人が立つと、まず赤い小ランプを点灯させて接近遭遇を確認します。何か機械に監視されているようで落着かないのですが、ブルブルっと用事を済ませてその場を離れると自動的に水が流れるようになっています。うまくできていて、前に立ってすぐ離れた場合は水は出ません。数秒たたずみ第2のランプが点灯後に離れると第3ランプの点灯と同時に水が流れるという優れものです。なぜか誰もいないのに隣の便器でジャーっと流れることがあり、ドキッとすることがありますが、これは透明人間が用を足して立ち去ったのではないかと私は睨んでいます。
  まあ透明人間はともかく、外で水が流れる音がしたということは、おばさんがその場から離れたと推論できるでしょう。続いて、おばさんの長靴のパタパタという音が聞こえました。出ていったのでしょうか。その後は、街を走る車の微かな音が外の方から聞こえるだけで、あとは静寂が続きます。
  私はブザマな格好を見られたそのおばさんと顔を合わせたくありません。再度注意深く聞き耳を立てて3分ほど佇んでいました。静寂は続きます。どうも、おばさんは本当に男子トイレを出ていったようです。
  そーっとドアを開けてトイレのドアの方を見ると、やはり誰もいません。安心して個室を出た、その時です。
  「これ、あんたんでないかい?」と背後から呼びかけられました。
  ギョっとして振り向くと、何とそのおばさんがバケツとモップを持って仁王立ちです。小柄なおばさんが巨大に見えました。
  「あんたの?」と差し出すモノを見ると紛れもなく私の車のキーです。
  「は、はい、どうも」と受け取ると
  「あんたがさっきころんだ時に落したみたいだからさ、ここでずっと出てくるの待ってたんだよ。声かけるのも何だし。でも、あんたトイレ長いねぇ」と、おばさんは銀歯を光らせながら不気味に笑いました。
  「はい、いえ、どうも、はい・・・」と私はしどろもどろになりながら、逃げるようにトイレを出たのでした。

おばさんの銀歯の鈍い輝きが、今も脳裏から消えません。

  ●とりあえず成功でしょうか?

  その時、トイレにいたのはホンの数分だったと思います。でもその時の感覚では1時間ほどにも感じました。あのおばさんとの心理戦、私の心の葛藤、小さな物音にも揺れ動く繊細な感覚。これが時間を感覚的に長くしていたのです。この経験により、こういう方法でも人生を長く生きることができると発見しました。その内容がすばらしいかロクでもないかは別としても・・・。
  しかし、まあ、長生きはしたくないなーという気がしないでもない今日此の頃です。


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