・昔日の“お犬様体験”・
もう何十年も前のことになりますが、私も幼少のミギリ、犬を飼ったことがありました。
ある日のことです。詳しい経緯は忘れましたが、我が家にみかん箱に入った白い子犬が持ち込まれ、飼うということになりました。ムク毛にひょうきんな目、動作も愛くるしく、私も可愛いと思いました。当時はドッグフードというものは一般的ではありませんでしたから、餌は残りご飯に味噌汁をぶっかけたものですみましたが、それでも小さはウンコはしましたので、やはり今の犬と同じです。
家族の総意で犬小屋は工作好きな私が作ることになりました。当時ミカン箱やリンゴ箱はすべて木製でしたから、それらを分解した木材を使い日曜日まる1日かけて、ログハウス風の犬小屋をこしらえました。最後に屋根を赤く塗り、中に古毛布を敷いて完成です。出来栄えは上々の小さな可愛い小屋で、犬を住まわせるにはもったいない気もしました。子犬は気に入ったようで遊びつかれると小屋にちょこんと坐って休むのでした。そしてそれから数日は子犬の平和な日々が続きました。
子犬がもらわれてきて2、3週間も過ぎたある日、学校から帰ると母は私の顔を見るなり「犬が死んだよ」と言います。驚いて事情を聞くと、路地で遊んでいるうちに通りに飛び出し、走っている車の側面にぶつかって行っき、キャンと一声鳴いて即死だったそうです。
「ソクシってなあに?」
「あっという間に死ぬことだよ」
この後、私は蚊をたたくたびに「即死!即死!」と言うようになりました。
「で、どこにいるの?」子犬は庭の片隅に毛布をかけられて横たわっていました。
「どうするの?お葬式するの?」
「さっき保健所に電話したら取りに来てくれるって」母はそういって洗濯物をたたみ始めましたが、それがたたみ終わるころにはもう保健所の人がきました。母が出ていって庭の方に案内するのが聞こえます。
「これなんですけど」
「はい、何か入れていく箱かなんかありませんか?」
「じゃあ、この小屋に入れてってください」
母のこの声を聞いて私はハッしました。あの自信作の犬小屋が持っていかれる!私は「やめてくれー、持ってかないでー」と叫びたい気持ちでしたが、それが言えません。子犬が死んだというのに、犬小屋が惜しいとは子供の私には言えないのでした。窓から覗くと保健所の人が赤い屋根の犬小屋を小脇に抱えて路地を出て行くのが見えました。あー私の傑作が・・・。
子犬が死んだ事より、犬小屋が持っていかれるのが悲しく、私は意気消沈しました。大人たちは犬が死んでガッカリしていると思ったのでしょう、「またそのうち飼ってあげるからね」と慰めをいいます。「そうじゃない、あの小屋が惜しかったんだ」とも言えず「うんうん」とうなずきました。
それから20日ほどすると、死んだ子犬をくれた人から「もう一匹あげる」という話しがきました。
「もう一度飼うかい?また子犬がほしい?」と母が私に聞きます。子供は犬が好きだ、と大人は決めてかかっているようで、私は決して犬や猫がそれほど好きでもないし、世話をするのは少し面倒だなぁと思っていたのですが、子供として、純粋無垢を演じている子供として「いらない」とは言えず、心とうらはらに
「うん・・・」とうなずいてしまったのでした、これが後の悲劇を生むとも知らずに。
「じゃあ、ちゃんと世話をするんだよ。ご飯もやって、散歩にも連れてくんだよ」
「うん・・・」このあいまいな返事を子供の遠慮と見たのでしょうか、その日のうちに2匹目の子犬がもらわれてきました。
その犬は死んだ子犬と兄弟で、色は同じく白いのですが、雑種だからでしょうか、顔や体の特徴は違います。顔は面長で体毛は短く、さらに前の子より敏捷なところもありました。子犬のうちは敏捷でも何とか子供にもあつかえるのですが、都合の悪い事に子犬も徐々に大きくなっていきます。3ヶ月もすると力は子供の私と対等になってきます。それでも「ちゃんと世話をし、ご飯もやって、散歩にも連れてく」という当初の言質のために、私は半ばイヤイヤ餌を与え散歩に連れ出しました。なのにこの犬はかなりのわがままもので、餌をやればドンブリをひっくり返すし、散歩に連れて行けば勝手な方に行こうとするしで、だんだんと手に負えなくなってきました。さらに悪い事には「夜泣き」をするのです。子犬も母親から離されて淋しかったのでしょうが、体が大きくなればなるほど声も一段と大きくなり、キャンキャンと夜通し鳴き通します。近所からも苦情が出て、しかたなく家に入れると、今度は昼間の仕事で疲れた父や母が眠れず、うるさいから何とかしろ、と言います。私は物置に連れていって毎晩のようにあやすのが日課になりました。散歩に連れていって昼間のうちに疲れさせればいいかとがんばって散歩するのですが、けっしてまっすぐ歩こうとはせず、知らない家に入ろうとしたり、急に車道を横断しようとしたりします。くたくたになるのは紐をひく私の方で、もともと体力には自信のない私はもうすっかり疲れきってしまいました。私が疲れても犬はいっこうに疲れず、夜になると鳴きはじめ、夜中に物置で犬を抱きながら、あの時はっきりと「いらない」と言わなかったことを後悔しながら、泣きたくなってしまうのでした。
そんな生活が3ヶ月も続くと、私はもう育児ノイローゼの母親のようで、昼は寝不足でボーっとして、夜が恐いという状態です。うとうとして犬の声が聞こえるもう地獄のようです。近所からの苦情も日毎に増えていきました。
そしてある朝、とうとう父が宣言したのでした。
「もうだめだ、我慢できない。この犬は捨てる!いいな!」
私はもとよりいいに決まってます。始めっから犬が好きでもないのです。行き掛かりで飼うことになっただけなのです。でも「わかった、はやく連れてって欲しい」と言うわけにもいかず、名残惜しそうな顔をしてうつむきました。かくして父はその犬を車に乗せていずこかへと連れて行きました。
その夜の私は、何という人非人でしょう、ぐっすりと、今までないほどぐっすりと熟睡できたました、犬の泣かない平和な夜を満喫して。
そして、その後の犬の行く末を、私は父に聞くことはしませんでした。