おバカの細道

バカバカと 人つれなくも 夏の風


  おバカの細道  

「おバカみちのく一人旅」


夕暮れの ひとときのあお 白桔梗

・・・序・・・

  時の流れも「旅」のようなモノと、芭蕉さんも言っとり ます。 つまりは、じっとしていても旅行しているようなもの、どこにも行くには及ばないと思うのです が、それはもうおバカの世界的発想、「古人も多く旅に死せるあり」なのでございます。恐らく 古人も更に多くは「旅でなく死せるあり」とは思いますが、芭蕉に限らず、その昔は西行さん や、近くは山頭火さん、ごく最近には猿岩石などが旅をして、けっこうウケているようです。
  私は生来の「ものぐさ」で「出不精」ですから旅行 をしたいとは、あまり思はないのですが、それでも、学校の遠足、修学旅行、会社の慰安旅行 など半強制的につれて行かれる旅行には行ったりもしました。
これも決して行きたくて行ったわけでもありませんから、小学校のある時など普通にランドセルを 背負い登校すると、校庭にみんな整列していて、聞けば「今日は遠足の日」という事もあった りしたのでした。まあ、忘れっぽいということでもあるのですが、それほど遠足を楽しみには していなかったのでしょう。行けば行ったで人一倍騒ぐのですけどね。
  しかし、白い桔梗も夕暮れのわずかな時間、うす青く 見えるときがあるように、一時の気の迷いということはあるものでして、高校生 だったある時期、一度だけ旅という物をしてみようと思い立ったことがあるのです。今思えば実に 恐ろしいことですが、若気の至りというところでしょか。
私は旅は面倒なので好まないとは言え、そこらをブラブラするだけなら嫌いではなく、いまだ にぶらぶらしている、というわけなのであります。

出不精も気の迷いたる暑さかな

かくしておバカ高校生の3度目の夏休みとなるのでした。

・・・出立・・・

  高校生の時は、夏休みともなると「退屈」をいかに過ごす かという大きな問題がありました。しかし、いかに退屈したからといって積極的に体を動かすの はイヤという、この深ーい二律背反に毎年、悩んでおりました。
そこで考えに考え抜いた生き方が「ブラブラ」です。とりあえず「どっかへ行こう」と考えまし た。街をぶらつくとお金がかかるし、山に登るのは傾斜があるだけ疲れる。そこで海に行こうと いう結論に達しました。単純です。
  出発はゆっくりと10時すぎ。水着、タオル、少しの 小遣い「ちょっと出かけてくる」と駅まで10分。駅の近くのパン屋で昼食用にフランスパン を1本買いました。そこから電車で1時間。海辺の駅から歩いて30分。
目的地は去年の秋に偶然のことで見つけた、あまり人に知られていないごく小さな浜辺です。 海岸から半島状になったところの尾根の松林の間道をしばらく行って崖っぷちの細道を下ったと ころに有ります。ここは紛れもなく「みちのく」に位置しますから本当の「奥の細道」そのも のでした。
私は田舎はあまり好きでもないのですが、ここは別です。尾根の道からはウグイスやヒバリの 鳴き声が波の音に混じって聞こえます。時々、大きな揚羽蝶が飛んできたりもします。崖の細道 を恐る恐る下ると、ヒンヤリとした涼しい海風の吹く誰もいない私だけの浜辺でした。 幅が50メートルほどでしょうか、周りは三方が崖になっているのでした。小さな湾は学校の プールほどの大きさで、沖にはほんの小さな島もあり、恐らく満潮には水没するのでしょう、 びっしりと名も知らぬ巻き貝が付いていました。
ここにはあまり人が来ないにも関わらず、なぜか唯一の建造物である小さなトイレが設置 されていました。大小を兼ねた一室だけのごく小さなものでしたが、石作り(よく高級邸宅の 周囲を巡らす石塀にある素材)のしっかりした 建物で、中には石をくり抜いた便器?の穴があいていました。好奇心が強い私は、中を 覗いてみたのですが、深さは1メートルぐらいで底は浜辺と同じ白砂が敷きつめられて いるようでした。それにしても、何故か室内は最近掃除したばかりのように美しく清められ ています。ちなみにここはすべてが石で作られていましたが、ドアはありません。入り口は 崖に面していましたから、回り込んで行かない限り見られることもありません。もっとも ほかに人はいませんが。
  私は、これは恐らく女性などの更衣室だろう、ついでに 穴も掘ってトイレを兼ねたのだろう、と考えました。このあたりの観光協会か役場で、 余った予算を消化するために建てたモノの、訪れる人とてなく、まだ真新しいまま こうして建っているのだろう。
私が使ってやらねば、このまま風化してしまうかもしれません。
さっそく、私はここで水着に着替えました。ついでに、幾ばくかのおしっこと、少量のウンチ までも試みました。なぜか処女地を発見したコロンブスのような満ち足りた気分にひたるの でした。
着替えも終えて外にでると、さわやかな夏の青空と優しい海の風があふれています。浜辺に 座りってフランスパンをかじり、駅で買ってきたコーラを飲みました。
さわやかでした。
わわやかではありましたが、おかずが欲しいとも思いました。そこで沖の小島まで一泳ぎ して巻き貝をビニール袋にいっぱい取ってきました。これを食ってみようと思ったのです。 生では心配ですので、その辺の枯れ枝や流木を集めて焚き火をおこし、貝を投げ入れます。 数分後、拾った錆釘で身をほじくりだして食べると、これが美味い。立て続けにほじくって 食べました。
そういえば途中の立て札に「アワビやウニを勝手に取ってはいけない。ナントカ漁協」と 書いてあったのを思い出しました。と言うことはアワビやウニがここにいると言うことかも しれません。
潜って見ると、果たしてアワビもウニもゴッソリといるではありませんか。
とりあえずサンプルに各イチ取ってきましたが、アワビは包丁で薄切りにでもしなければ 歯がたちません。ウニはいけそうです。丸いたわし状の裏側から錆釘でほじくり、 骨やどろどろした部分を取り除くと、果たして見覚えのあるオレンジ色のウニの可食部分 が現れます。これを指でほじり取って食べると、美味い。新鮮さはぴかいち。これぞウニ、 という美味さです。私はまた海に潜り、アワビには目もくれずウニばかりを10個ほども 取ってきてほじくり喰いました。
さらには1個の大きめのウニをベースにして、その殻の部分に他のウニの可食部分をぎっしり と詰め、焚き火の中に置き待つこと10分、殻を割ると子供のコブシほどの焼きウニの 出来上がり、これがフランスパンにもぴったり合って、生きていたよかったと思うほどの 美味さです。
  私は食べられるだけ食べました。そして、満腹の 後の眠気におそわれ、ウトウトと浜辺でうたた寝をするのでした。
白砂の浜に涎の昼寝かな

・・・喧噪・・・

  30分も眠ったでしょうか。沖の方からガガガガッと いうエンジン音が聞こえるので目が覚めました。見れば小舟がこっちへ向かってきます。
密漁の監視員かもしれません。私は慌てて食い散らしたウニの殻を砂に埋めました。浜に1個 だけ置いたアワビまで片付けるヒマもなく、もう小舟が浜に着いたかと思うと、1人のおばさん がスカートをたくし上げて船から飛び降りると、脱兎のごとく私の方に向かってかけてきます。
私は一瞬身構えたのですが、おばさんは私には目もくれずに、かの石造りのトイレに駆け込み ました。つづいて、もう1人のおばさん、2人のおじさん、更に船頭らしい人も降りてきて 「オシッコのついでにここで休憩にしますか?」と言っています。
さっきのおばさんがさっぱりとした顔でトイレをでると、次のおばさんが急いで 入っていきます。どうもここのトイレは、こういう釣り船の客用のモノのようです。
  「女は不便だべ。俺らなんか船べりからケツだしてもでぎっぺに」 と、おじさん二人は手にワンカップ大関を持って赤い顔をしています。
船頭さんが近づいて来ました。
  「あんちゃん、1人がい?」
  「はい」
  「おっ、アワビとってたか?」片付け忘れたアワビをみて言います。私ドキッ。
  「喰わねのがい?いらねんだったらもらっていいかい?」
  「はい、どうぞ。でも立て札に取ってはダメだって」
  「なーに、1つ2つならいいのさ」
そういうと、そのアワビを手にして
  「お客さん、いいモノあるよ、おみやげに。」
  「あれ、アワビでないの」とはじめにトイレに駆け込んだおばさん。
  「ウニもあるって言ってなかった?」
  「あー、あるある。なあ、あんちゃん」
船頭は、客に乞われて、私に「ウニを取ってきてくれないか」と言うのです。私は「ウニも 取ってはいけない立て札に書いてあった」と言ったのですが、「ここで食う分には問題ない」 と言う地元の船頭さんの話に、調子に乗って取りまくりました。「上手上手」と言うおばさんに おだてられ、また10個ほども取りました。
早速のウニパーティーの始まりです。

で、船頭の話。
  「ここのウニがこんなにデケーのは、あの便所のおかげさ」
  「えっ、なんで?」
  「ほれ、あの便所、やけにきれいだべ」
  「誰か掃除に来てるんですか?」
  「誰がこんな辺鄙なとこまで掃除なんてしに来るもんかい。そらぁ、 今は潮が引いてっからよ、あの便所も上に出てっけどさ。満潮の時はさ、あの便所も半分 ぐれーは海ん中よ、波がきれいに洗ってくれるってわけさ。ついでにウンコもきれいさっぱり、 自然の水洗便所って訳だな。うめぇこと考えたもんだよな」
  「えぇ!このウニ、そのウンコで大きくなってるんですか?」

私は半分食べかけのウニを示して言いました。
  「俺はそうだとにらんでんだ。確かにここの入り江のウニは他のより一回りほどでけー」

そう言って船頭のおじさんは「ヒヒヒヒー」 っと歯のない口で不気味に笑うのでした。

  かくして、ウンコで大きく育ったというウニを食べ散らかした一行は、うっすらと 夕焼けの見え始めた空の下、釣り船に乗り去っていきました。
私はおばさんの差す白い日傘が見えなくなるまで見送りました。帰り際におばさんの一人は私に 千円札を一枚握らせてくれたのです。
  「まぁ、いいかっ!ウンコのウニ食べたって。美味かったし、 千円ももらったし。」
焚き火のあとに食べかすやゴミを放りこみ、砂をかけ、更に消火を兼ねてオシッコをかけると、 私もとぼとぼと帰途につくのでした。

夕焼けの砂にしみ入るいばりかな

夕暮れの太平洋を眺め歩きながら、今度はまだ見たことのない日本海を、日本海の入り日を 見たいものだ、と年寄りくさいことを思うのでした。

・・・太平洋編 完・・・

日本海編につづく(そのうちね)


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