WATER OF GERO

「下路の水」

イタメシと仏教界のめくるめく因果

世界は輪廻転生、昨夜の酔夢が宗教に影を落とす



・・・壱・・・

  或る日の事でございます。私はいつもの通勤路のはしを、独りでのろのろと歩いておりました。 道の脇に落ちているゴミは、みんなとりどりに散らかり、その交差点の角にあるサンリオショップの 入口のへこみからは、何ともいえない酸っぱいにおいが、絶間なくあたりへあふれております。 商店街は丁度朝なのでございます。
  やがて私はその交差点の信号の下に佇み、柱に貼ってある"けろっぴ"のポスターの脇から、 ふとへこみの中の様子を見てみました。このサンリオショップのへこみの部分は、丁度商店街の 角の部分にあたっておりますから、夜ともなると中の公衆電話の周囲にピンクチラシをまいたり、 また我慢できなくなった酔客がそそうをしたりするのに、たいへん便利な場所なのでございます。
  するとへこみの隅に、銀蝿と呼ばれる虫が一匹、他の蝿達といっしょに蠢いている姿が、 目に止まりました。この銀蝿という虫は、人にうるさくつきまとったり病原菌を撒き散らしたり、 いろいろ悪事を働く害虫でございますが、それでもたった一つ善い事を致すのでございます。 と申しますのは、犬の糞や人の嘔吐物など、人々が誤って踏んでしまおうものなら大変な 難渋をするところを、その銀蝿の光る背中の注意信号のお陰で、その難を免れたという人は 少なくないのでございます。いにしえのある俳諧師などは昼食にとまる銀蝿を叩き 殺そうと致しましたが「いや、いや、これに昨日、犬糞の難を知らせてもらった。その命を 無闇にとるという事は、いくら何でも可哀そうだ」と、こう急に思い返して、とうとうその 蝿を殺さずに助けてやり、「やれ打つな蝿が手をする足をする」と詠んだものでございます。
  私は銀蝿の光る背中の下にうずたかく盛り上がったクリーム色の物体がいつもの嘔吐物で あることを鋭く見抜きました。今迄に何度もここでそのような嘔吐物、所謂俗に言う所の "ゲロ"を見ているのでございます。その酸っぱい臭いも私のその判断を傍証するものでございました。 更に見ればそれは確かにスパゲッティーのなれの果て、ちらりと覗くアサリの身のひとつからボンゴレ、 色合いからボンゴレのビアンカである事を目ざとく見抜く私でした。スパゲッティーのボンゴレには二種類の 調理法があり、共にアサリを用い、トマトソースをベースとしたロッソ、 ホワイトソース仕立てのビアンカとがあるのでございますが、今ここに蝿達の朝食となっているそれは まさしくビアンカに違い有りません。私の好物であるロッソでなくて「よかった」と小さく呟きました。 その時、信号が青に変わり、空を見上げれば今日は暑い日になる予感の太陽が燦燦と輝くなか、 このまま放置してはあのビアンカは元の乾麺に戻ってしまい大変な事になる、との危惧に後ろ髪を 引かれながらも、群集に押されるように会社への道を歩み進むのでございました。

・・・弐・・・

  ここは地獄と言って過言ではない、会社のオフィスの中でございます。何しろどちらを見ても休日明け の寝ぼけ顔と欠伸の伝染で、これで仕事ができるのだろうかと、その心細さといったらありません。 その上、机の上には乱雑に積み重ねられた書類が散乱し、たまに聞こえる音といったら溜息と いくらかでも眠気を覚まそうとして同僚達がすするコーヒーの音ばかりでございます。かく言う私も 休みボケが癒えないまま、まるで溺れかかったナマケモノのようにズルズルとコーヒーをすすっており ました。
  ところがその時の事でございます。何気なく私が頭を上げて、机の上のメモパッドを眺めますと、 その上に書かれたやっと文字であると判別できる最悪の文字が、まるで人目にかかるのを恐れるように、 一すじ醜く汚れながら、くねくねとミミズのようにのたうってるではありませんか。私はこれを見ると 思わず舌打ちをしてしまいました。このメモは先週週末にまぎれもなく自分で書いたものに相違ござい ません。いや書いたというより、書かされたと言う事も出来ましょう。帰り支度をしている時に 取引先から電話があり「月曜朝一で来るように」と言うので「どうせたいした用事でもないくせに」と思いながらも、 急ぎ書きなぐったのでございました。 出かけるのは面倒とは思いましたが、しかしこれをネタに外出すれば、きっとこの地獄からぬけ出せるでしょう。 そうすれば、もう針の山にいるような思いや、血の池に沈められるような辛い仕事を押し付けられる事も ありません。
  こう思いましたから私は、早速そのあたりの使いもしない書類をカッコつけ の為に会社の茶封筒に詰め込み、「凸凹産業さんトコまで行ってくるから」と言い残し会社を後にしました。 元よりサボリ上手の私の事でございますから、こういう事には昔から、慣れ切っているのでございます。
  しかし我社と凸凹産業の間は、10分と離れてはいませんから、いくら時間を つぶそうとしたところで、そうつぶせるものではありません。しばらく行くと、先程イタメシの残骸の放置された 場所の近くまでたどり着きましたので、あのボンゴレはどうなったかと遥か前方をうち眺めました。
  すると、心配していた甲斐あって、さっきまで蝿のたかっていた嘔吐物は、今ではもう 歩道の方に半分ほど流されております。サンリオショップももう開店の時間がせまっているのでございましょう。 パステルカラーのエプロンドレス風のユニフォームを着た女性達は開店の準備に余念が無いのでございます。 あの嘔吐物の占有していたスペースというのは、いま巷の女子高生に絶大な人気を誇るあの「プリントクラブ」 キティーちゃんバージョンを置くべき場所なのでございます。この「プリントクラブ」通称「プリクラ」は なにせ稼ぎ頭でございますから、午後ともなると女子高生が嬌声と共に列を作り次々とコインを投入するという 悪魔のような機械なのでございます。このような重要な機械の設置場所を"ゲロ"如きに奪われてなるものかと、 女子従業員も必死でございます。一盛りのゲロに対して二人掛かりで責めたてているのでございます。 一人はまるで汚いものでも見るかのように、顔をしかめながら箒で押すようにしており、また一人はまるで 湯水のように大量の水をバケツで何杯もかけているのでございました。切れ切れになったスパゲッティーの 破片は次第次第に歩道を横切り車道との間の下水溝へと流れるように見受けられました。この分で水を流せば、 嘔吐物が消滅するのも、存外わけがないかもしれません。私は書類包みを抱え直しながら「ふむ、ふむ」と笑みをもらしました。 ところがふと気がつきますと、下路(ゲロ)の水の流れる方には、一人の僧侶が、オレンジ色の衣を斜めにして身に纏い、しかも裸足で、 まるで彫刻のように、托鉢の鉢を持って一心に立っているではありませんか。この僧侶は一月程前から忽然とこのあたり に現われ、連日托鉢を行っておられる方なのでございます。私はこれを見ると、驚いたのと恐ろしいの とで、暫くは唯、おバカのように大きな口を開いたまま、眼ばかり動かしておりまいした。靴を履いた人でさえ接触を嫌うであろう、 この下路の水が、どうしてあの裸足の僧侶の足に触れるのを放置出来ましょうか。折角ここまで保ってきた日本とイタリアと インドとの友好的な国際関係は、国交断絶から宣戦布告へと、大戦中の地獄へ逆落としに落ちてしまわぬともかぎりません。 足に触れた後で「水に流して」などととシャレですまされない重大な事件なのございます。 そんな事になったら、大変でございます。がそう言ううちにも、下路の水は幾筋も、歩道の敷石の継ぎ目を伝いながら、 スパゲッティーの破片と共に細く光って隊列を組み、僧侶の足元へと迫って参ります。今のうちにどうにかしなければ、 下路の水は僧侶の足の裏を濡らし、スパゲッティーは足の指に絡みつくに違いありません。
  そこで私は大きな声を出して、「ちょっと、坊さん。下路の水が来てるよ。 スパゲッティーも来てる。早く、どけて。どけて」とわめこうとしました。
  その途端でございます。今までじっと立っていたオレンジ色の僧が、下路の水がもう達した のでありましょう、急に右足をビクリと持ち上げました。下を見て下路の実態を知った僧侶はたまりません。あっという 間もなく足を交互に上げて、スキップするマリオネットのようにぴょんぴょん跳びながら、見る見るうちに反対側の薬局 の方に移動してしまいました。
  後には唯スパゲッティーの下路の水が、きらきらと細く光りながら、歩道と車道との 間の溝に、細く流れていくばかりでございます。

・・・参・・・

  私は商店街の電話ボックスのわきに立って、この一部始終をじっと見ておりましたが、 やがて僧侶が薬局の前の敷石に足をなすりつけて、何もなかったかのように佇むのを確認しますと、又ぶらぶらと凸凹産業 に向かって歩き始めました。自分の身から出た錆でスパゲッティーを嘔吐した、酔客の無作法な行為が、そうしてその サンリオショップの無垢な女性の水洗行為につながり、更には水難の僧へと続くという事が、私の目から見ると、 めくるめく巡る因果の不思議に思えるのでございました。
  しかし商店街を飛び回る蝿は、少しもそんな事には頓着致しません。その玉のように光る 銀の蝿は、下水溝のまわりに、ぶんぶんと羽根を唸らせ、その端に今しも到着したゴミ収集車からは、 何ともいえない変な匂いが、絶間なくあたりへ溢れております。商店街はもうゴミ集めの時間になったのでございましょう。

*オレンジの托鉢僧侶*
意外に身のこなしは素早い
人物なのでございました。

  *小学生も寄進*
お金をいれる人は意外に多く、鉢の中には札も多数あった。下路の水に追われて日の当たる薬局側に来た為か、 凸凹産業から戻って来て見ると、僧侶は清涼飲料水の自販機の前にいた。おもむろに鉢から小銭を取るとリアルゴールド を購入、即座に飲み干すのであった。 昨夜の酔客の食べたスパゲッティーは意外な展開を見せて清涼飲料水の購買へと進展するのであった。



現在、この僧はもう当地にはいない。
風のように現われ、風のように去っていった。
行方は杳として分からない。
今はあなたの町で托鉢をしているかもしれない。
見かけたら優しく見守ってやってほしい。

彼は、あの西行や山頭火のような
放浪の僧侶なのであろうか。
「ゲロをしても独り」などと詠っているのであろうか。
あっ、これは放哉であったか、、、、



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