私はずぼらな人間です。趣味なんて呼べるモノはありません。
パソコン叩いてホームページを作ったりはしてますが、これは趣味と言うほどのモノでもありません。
読んでいただいている方には申し訳ないのですが、ヒマつぶしというか、退屈しのぎと言うか、
遊び半分というか、ディスプレーの表面のように薄っぺらな代物です。
でもヒトツだけ、たまにしかしないけど、これは趣味かなーと思うモノが1つあります。
何あろう、献血です。
18歳の時、道でおばさんに呼び止められて献血車に引きずり込まれた事がありました。ところが、その頃の
私は痩せていて体重制限の45キログラムに達しておらず、美しい看護婦さんに「ごめんなさいね」と
ヤクルトをもらって帰されてしまいました。ホットした反面、後ろめたくもありました。
月日は流れて、私も中年の入り口に立ち、体重もようやく増えた昭和59年の4月3日、思いつきで献血ルームを
訪れました。
ご存じの方も多いでしょうが、献血と言うのは血を差し上げることです。
その為には血を抜かねばなりません。
鼻血など不測の事態で出た血は使っていただけませんから、
針を刺して美しい看護婦さんや、それなりの看護婦さんに優しく抜いていただきます。
順をおってお話しましょう。はじめに書類に住所氏名年齢などを書き込みます。元気か?エイズ関係者と
エッチなことをしてないか?最近ピアスの穴を開けてないか?などイエス・ノーに○をつけます。体温も
はかります。医師が血圧も測ります。看護婦さんが細めの針で、ヒジの裏側の血管がよく見えるあたりから
検査用の採血もします。小さな試験管で3本ほども採るのですが、この細針では献血の真の醍醐味は
味わえません。やっぱり本番の、少し太めの畳針みたいなのを刺すところに快感があります。
できれば成分献血、中でも両腕に針を刺しすヤツが最高です。じっと針先を見つめ、針がヌルッという
感じで血管に入っていくのは素敵です。成分献血ですと、血漿や血小板を遠心分離器にかけて残りの
成分を戻してくれますが、その時に唇が爽やかにしびれるのも素敵です。私はあまりの気持ちの良さに
いつも寝てしまいます。
この趣味には(私は不要と思うのですが)タオルやボールペン、テレホンカードなどの景品がつくうえに、
ジュース類の飲み放題、お菓子の食べ放題、コピー機の使い放題などの特典満載で、サービス満点。
回数を重ねるとバッチ、盾、賞状、表札などもいただけます。(どれもいらないけど)
血液っていうモノは少しぐらい抜いてもすぐに補充されるそうで、時間をおけば何回でも出来るそうです。
他に人間には骨髄にも液があり、私は針刺しの快感を求めて骨髄バンクのドナー登録もしたのですが、
こっちは複雑な型の適合が必要で、なかなな簡単には抜いていただけません。
(あなたがもしこの快感を味わいたいなら、献血は近くの日赤血液センターに、骨髄バンクなら骨髄移植推進財団
TEL0120-377-465へどーぞ)
・・・快感喪失・・・
ところが、76回目の快感を求めようと、先日、街の献血ルームに出かけ
た時のことです。検査用の採血で、GPTとかいう数値が高くて「ダメ!」と申し渡されたのです。
GPTなるモノが何なのかサダカではないのですが、肝臓が良くないと数値が上がるらしく、医師は
「お酒を控えて良く運動をして、半年ほどしたらまたいらっしゃい」とおっしゃいます。
確かに私はお酒をいただきます。しかし、それも献血といっしょで庶民のささやかな楽しみに過ぎません。
神は何故かこの両立をお許しにはならないようで、さらに医師をして「運動もしろ」言わしめるのです。
私はダラダラと日々を過ごすのが好きなのです。ダラダラとしながら酒を飲む、ささやかな庶民の楽しみを
何故に医師はお許しにならないのでしょうか?
理不尽とは思うのですが、医師と神様の言うことは聞いておいたほうがいいようです。
思えば私と酒のつきあいは長い。ハタチのころにはサントリーホワイトの愛飲者でした。ジンを好んだ時期も
ありました。ビールでバーボンを流し込む快感に酔った事もありました。舶来のウイスキーが手に入りやすく
なるとシーバスリーガルを愛しました。バーボンならジャックダニエルでしょうか。
その後、焼酎に魅入られた時期を経て、現在は日本酒が恋人になりました。
日本酒もあれこれ飲み較べましたが、上に掲げた写真の「玉乃光」が最も好みにあい、
夜な夜な舐めるようにして飲んでおりました。
この「玉乃光」は、京都伏見の「玉乃光酒造」謹製、酒米「雄町」を使ったホントーに美味い
お酒です。
純米大吟醸「玉乃光」が一番美味いのですが、純米吟醸でもソートーの美味いのです。
口に含むと飲み込むのが惜しくなり、そのまましばらくじっとして、その後クチュクチュしてそっと喉に流し込みます。
芳醇な香りを残して胃の中に流れる至福の時。「できればこのまま、ずっとこうしていたい」いつもそう思うのです。
ラベルには「芳醇凛冽」「酒魂・玉乃光」とありますが、この言葉に嘘はありません。
その上、意外に安価なのです。店によって値段が違いますが、私が知る限りでは一升2030円が一番安い値段。
ありがたいことです。こんな美味いモノがこんな安くいただける。ありがたいことです。
・・・最後の晩酌・・・
恋人の理想といえばなんでしょうか?
それは「玉乃光」です。杯に注げば優しくささやき、香しく、凛として、喉に流せば情熱の魂を溢れさせる。
献血を断られ、医師に忠告されたその日、私は涙ながらに理想の恋人との別れを決意したのでした。
最後の晩酌となる別れの夜、残っていた「玉乃光」を杯に注ぐと彼女は「別れたくない、チョボチョボ」
とささやきました。深い口づけのように飲み干すと喉の奥に彼女の熱い涙を感じました。
いったい誰がユダなのかと考えましたが、よくわかりません。きっと私の心の中に住み着いているのでしょう。
「復活の日を待ってておくれ」ともう一度、杯を舐めました。
恋人と別れて3日が過ぎました。なんとか過ぎたといったところでしょうか。
晩酌をしないと熟睡できず、眠ってもうつらうつらとして、ちょっとした風の音にも目が覚めてしまいます。
これが本当に体にいいのだろうかとも思うのですが、3日で禁酒をやめてしまっては3日坊主の誹りを免れません。
やめるなら2日、でなければ4日以降というのが世間の常識と自分に言い聞かせ、その日も耐えました。
それから2週間ほど過ぎた時のことです。食器棚の奥に見慣れぬ緑色のビンがあるのに気がつきました。手に取って
見るとワインです。コルクがスーッと音もなく抜けました。ちょうどよく脇にワイングラスがあって何気なく
注いでみると実に美しい色で、芳しい香りも漂います。吸い付けられるように唇がグラスに張り付き、本当に
スムーズにノドにに流れ込んで行きました。なーんて美味しいワインなんでしょうか!
「そうだ、今、禁酒してるんだった!飲んでしまった!飲んでしまった!ずーっと禁酒してなたのにー!」
と思ったその時です、
目が覚めました、汗びっしょりになって。しばらくは胸の動悸が収まりませんでした。
・・・より遠く、より高く・・・
何をやってもダメな「のび太くん」にも「あやとり」という得意分野が
ありますが、私にも子供の頃、得意なモノがヒトツありました。
それは「とばしっこ」です。
「あやとり」もそうですが、「とばしっこ」も遂にオリンピックの種目に採用されないため、
私はとうとう金メダルを取る機会を逸してしまったばかりでなく、この「とばしっこ」という
伝統の競技自体が世間から
忘れ去れれようとしています。近所の仲間達から「とばしっこの名人」とまで言われた私としては実に
悲しい。
最後の晩酌から少し話がはずれてしまいますが、昔、豊臣秀吉と徳川家康がこの模擬競技をしながら領地の分配を
話し合ったとさえ言われる格式高いの「とばしっこ」が、長い歴史から消し去られてしまう前に、私はここに
競技のルールについて書きとめておく「義務と責任」を強く感じるのです。少々おつき合い願います。
「とばしっこ」は純粋に男の子だけの競技です。当初、男だけで行われていたレスリングや
サッカーなども普通に女の子に競技されている今日この頃でも、どーしても「とばしっこ」だけは女の子にはできません。
女性の社会進出のめざましい現在、このあたりに「とばしっこ」の衰退の原因があるのかもしれません。
「とばしっこ」のルールはいたって簡単です。先ず競技場(だいたいは空き地、または大人のいない道端)に棒っきれ
などで1本の線をひきます。競技場が街から消えつつある現在、ここんとこあたりにもこの競技の衰退の原因がある
のかもしれません。
線をひいたら、競技参加者を募ります。「おーい、とばしっこするぞー」5人ほどの男の子がいれば1人や2人は
必ず参加準備の整ったモノがいます。とばしっこは2人以上揃えば競技が成り立ちます。しかし、できれば3人以上
5人ほども揃うと壮観です。10人ほどになると虹が見える時もあるようです。
参加者は全員、線の前に並びズボンならびにパンツと下げます。社会の窓からチマチマと引き出すなどというメメしい
ことをすると世間から冷たい目で見られます。参加者全員の準備が整ったことを確認した主催者は「サー、いくぞー」と
声をかけてから「イチニーのーサン!」または「セーノ!」と合図します。
合図に合わせて参加者が一斉に放尿します。好調のスタートをきる者、でだしはチョボチョボと始まる奴など
色々いますが、競馬と違いスピードを競うわけではなく距離を競うのですから、スターティングスタイルは
千差万別、中には他の者のとばしッぷりを眺めてからゆっくりと始める作戦にでる肝のすわった者もいます。
参加者全員の放水終了を確認してから地面に残ったオシッコの跡を見比べ、より遠くへとんだ者が覇者
となり仲間達から賞賛の言葉を受ける事となります。「おー!またおまえかー!」という賞賛と嫉妬の入り混じった声を
背中に受けながらパンツを引き上げつつ見上げる青空はやけにまぶしかったモノです。
名人として一言いわせていたけでば、遠くへとばすコツは「角度と絞り込み」に尽きます。
さらに自分の膀胱がパンパンになった状態で自分から主催者になるというところでしょうか。
角度は30度から45度、風の具合を見て調整します。
片手は押し込み片手は絞るなどという高度なフィンガーテクニックについては一子相伝企業秘密として簡単には教える
ことはできません。ただ、放出の最高潮に達した瞬間にあの「小便小僧」像のように腰をツンと突き出しながら
ギュッと捻りを入れると30センチほど飛距離を伸ばすことができるということだけは特別お教えしておきましょう。
さて、陸上競技に幅跳びと高跳びがあるように「とばしっこ」にも距離を競うモノと高さを競う
モノがあります。これを我々は「遠とばし」「高とばし」と区別していましたが、
この高さを競う競技にも私は頭角を顕わしました。高とばし競技は背が高い者が当然優位なのですが、
私は背が低いにも関わらず、高度のテクニックでのっぽに負けることはありませんでした。
「獣欲拷を性す」という柔道の極意に通じるモノがあるのでしょう。
この高とばしの競技場は塀の前ということになりますから線をひく必要はありません。
塀から1歩離れたぐらいの距離に立ち、同様にパンツを下げ、後は同じで「セーノ」で放出します。コツは
「遠とばし」とほぼ同様なのですが、角度は60度から80度、最高潮に達した時にツンとつま先立ちすること
により10センチほどの記録を伸ばすことが可能なようです。
ある夏の日、私は西瓜を食べた後で遊びに出かけたため、ほどなく膀胱の張りに気がつきました。そこで
遊び仲間達に対し得意の「とばしっこ」試合の提案をし、幸い数名の賛同者を得てさっそく競技会の開催の
段取りになりました。ちょうど出来立ての真新しい板塀の近くで遊んでいたことでもあり「高とばし」にしようや、
と実行委員達の話もまとまり塀の前に並びました。
「セーノ」で競技開始です。私は先日の「遠とばし」で優勝を逃したこともあり満を持し絞り込みの指先にも力が
入ります。角度も通常限度の80度を越して85度に挑戦しました。最高潮に達した時タイミングよくツンとつま先
立ちも敢行しました。と、その時です、一陣の風が塀に沿って吹き抜けました。85度にツンの瞬間です。塀に栄光の
しるしをつけるはずのオシッコが自分の方に舞い下りて来るではありませんか!「あっ!」と口を開けたとたんに
熱い飛沫が口に飛び込みました。
「あぁぁっ!飲んじゃったー!飲んじゃったよー!」と慌てて後ずさりしようとすると、ずり下げていたズボンに
足を取られてつんのめり、水たまりとなったオシッコにもろ手までついてしまったのでした。
その時です、
目が覚めました、汗びっしょりになって。しばらくは胸の動悸が収まりません。なぜ今、忘れかけていた
何十年も前の出来事でうなされなくてはならないのでしょうか。それは紛れもなく禁酒以外には考えられません。
またうとうととして、その時はもう一度眠りましたが、こう毎日悪夢に悩まされては肝臓どころではありません。
翌日、目が覚めると頭が痛みました。きっとこれは頭痛に違いありません。少々熱っぽいしノドも痛みます。風邪を
ひいたようです。
・・・人生、その幸せ・・・
人生、何が幸せって、人生を忘れさせてくれることほど幸せなことは
ありません。そして、その為にはお酒ほど有効なモノはありません。
起きていて四六時中この人生と向かい合って生きているのに、寝てまで人生と向かい合うのではたまった
ものではありません。忘れかけていたあの「高とばし事件」。しょっぱい飛沫を飲んで泣いて帰ったあの少年
時代の辛い思い出。その後は、あの龍之介の「トロッコ」の主人公のように、しばしば何の脈絡も
なく辛い経験として、よみがえってくるのです。このままでは、この先どんな悪夢にうなされるかわかりません。
幸い私は風邪気味です。思い切って妻に「こういう風邪のひき始めにはお酒を飲んでぐっすり眠るに
限るんだけどなー」と遠慮がちに言いました。すると妻はあっけないほど簡単に、じゃあこのワイン飲んだら、
と先日夢に見たのとそっくりのワインを出してきました。
「なあんだ、あったのか。じゃあ薬だと思って飲んでみるか」
一応イヤイヤながら、しかし顔のほころぶのを禁じ得ないまま、アッと言う間に1本飲み干してしまいました。
キリストさんだって最後の晩餐でワインを飲んだってぇーじゃないですか。論語孟子を読んではみたが酒を
飲むなたー書いてないアーヨイヨイってなもんで、この時ほど風邪をひいたことを幸せに感じたことは
ありません。
1度一ッ線を越えると「失楽園」であれ「不機嫌な果実」あれ、堰を切ったように快楽の世界ののめり込む
のが成熟した真の大人の姿です。私のようなおバカでも大人のはしくれ、その流れをくい止めるすべがあろう
はずはありません。アリとあらゆる「飲んでもいい理由」を探し正当化する理論を述べ、さっそく、
銘酒「玉乃光」を買ってくるようにと家人に命じるのでした。
半月ほどの禁酒で何と3キロ体重が減りました。禁酒による
カロリー減と言うより度重なる悪夢のせいと思われます。
それにしても「幸い」と
「辛い」の文字は何故にこんなに似ているの?
横棒一本ないだけで辛くなってしまうなんて、紙一重ってことなんでしょうか?
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