Hなたくらみ3

おバカ男のHなたくらみ
Part3

現代世相探訪 貫一・お宮・お米

*** 現代の栄光と挫折−徹底取材 ***


 

・ダイヤの誘惑・

  明治のベストセラー「金色夜叉」を、私は長い間、正しくは「キンイロヨマタ」と読むのだと思っていました。それを、カッコつけて「コンジキヤシャ」と古い人が読み習わしたのだと勝手に思い込んでいたのです。ところがある時「ヨマタ」の「又」は中に点がある「叉」ではあると気が付きました。始めて辞書をひいて「夜叉(やしゃ)」をしらべてみますと「猛悪な鬼神」とあります。あぁそうだったか、と初めて合点がいきました。
ダイヤモンドに目が眩み貫一さんを袖にしたお宮さんは、熱海の海岸で「今月今夜のこの月を僕の涙で曇らせてみせる」とまで言われながら足蹴にされてしまいます。足蹴にされてもお宮は、富山只継トミヤマタダツグ(字が当たってるかどうか?でも読みは「富んだ山をただ継いだ」という意味で間違いない。要するに金持ちの馬鹿息子)と結婚してしまうのでした。間貫一さんは哀れ、世の中を恨み、高利貸に変身、金の亡者、守銭奴となって、過酷な取り立てをもするのでございました。要するに、「金色夜叉」という題名は「金の亡者」ということだったのでございます。
で、マクラが長くなりましたが、だからどうしたとかいいますと、お宮さんはダイヤに誘惑され恋人から離れていったのではありますが、おバカの私も先日、ダイヤに誘惑されるという、貫一に蹴飛ばされかねない事態に遭遇したのであります。

  私は50CCのバイクで毎日通勤しておりまして、これは天気さえ良ければ、けっこう快適なものであります。私の通勤路と同じ道を行くバイク利用者も少なくはなく、毎回30台ほどの集団がかたまって車の間を我が物顔にとばして行きます。集団の多くは若い世代で、大体は学生がおもなので、かなりのスピードを出しています。私は決して若くはないのですが、バイクの運転技術には自信がありまして、まだ事故をおこした事は3回しかなく(けっこうあるかな)やはりスピードをだして突っ走るので、いつ事故死してもおかしくありません。
その日も30台ほどの集団の最後尾に付いて信号待ちをしていた私は、何かいつもと違う雰囲気に気が付きました。いつもですと、みんな我先にと前に出ようとします。その道には何個所にも信号があり、急ぐバイク乗り達は多少の黄色信号や赤のなりたてには信号を無視することも珍しくなく、無視しないまでも車の間を擦り抜けて一番前、横断歩道を越え前方にせり出すこともしばしばです。
なのにこの日は、みんな行儀よく、スピードも程々に、前にでしゃばるものもいません。いや、一人おばさんと思われる服装のライダーが横断歩道越えに居座って信号を待ってはいました。
私はこの雰囲気に、白バイまたはパトカーの存在を疑りました。白バイなどがいると一時的にみんな優良ドライバーに変身するものなのです。しかし、あちこち見回してみても白バイもパトカーもどこにも存在しません。実に不思議でした。
その時、信号が変わりみんな動き出したのですが、みんな行儀よく、いつものように一番前に出て人を出し抜こうなどという人はいません。先頭は、いつもなら後ろにまわるはずのおばさんライダーなのも、やはり、まことに不可思議な光景です。次の信号に止まっても状況は変らず、再度、見回して観察しますとパトカーも白バイもやはり確認できませんでしたが、ある一つの注目すべき事実を観察する事ができたのでした。
それは、みんなの視線でした。バイクの青年達はもとよりタクシーやトラックの運転手まで視線は同じ方向を見ているのです。左側にいるバイクの青年の視線とその横のタクシーの運転手の視線と、右上から見下ろすダンプのお兄さんの視線、合計3本の視線の交わる箇所を探すと、そこにあるのはピンクのバイク。乗っているのは若い女性らしくヘルメットもピンクなのです。Tシャツの背中には横一文字縦に二本の肩紐のあとが観察されますから、女性である事は間違いありません。そして、視線を下げていって「おっ」と息を呑んで事のすべてを了解したのでした。

  この異様な状態の答えのすべては、このピンクのヘルメットをかぶる女性のタイトなスカートにあったのです。正確にはスカートの後ろのファスナーにあったのです。そうです。そのファスナーはしっかりと下まで下がって全開していたのです。あまつさえ、バイクのサドルに座るという姿勢の為か、その全開部分はトランプのダイヤ型になって開いているのです。
私はこの現場の状態を正確に把握する義務と責任を強く感じました。国民として人間として、全能の神よりこの場にいるという偶然を賜わった男として、はたまた「おバカの世界」の主幹者として、この状態を観察し報告せずんばあらず、と決意したのであります。

  先ずは自分の位置を、観察に一番適当な場所に少し移動します。そこはダイヤから約3メートル斜め右に位置し、前の青年や、斜め上から見下ろすダンプのお兄さんよりのS席というわけにもいきませんが、A席に相当するいい席です。
皆の視線で減るという事もありませんが、急いで観察しなければ、信号が青に変ってしまいます。事は急を要するのです。
私はこの時突然、事件記者になったのであります。
スカートは、つやのあるサテン風の生地でいくぶん伸縮性もあるのでしょうか、ピタリとフィットしてダイヤ部分がよけい目立ちます。注目のダイヤ部分は上半分には肌が、下半分にはヘルメットと同じ色のピンクの水玉模様のショーツが覗いています。

  ココまで観察した時、信号が青に変って集団がどっとスタートしました。ピンクのバイクを先頭にしてちょうど渡り鳥がリーダーを先頭に三角形に飛ぶように進んでいきます。私も現場に急ぐ事件記者になりきって、その集団に遅れないようバイクをとばしました。いつもなら信号が青であることを祈るのですが、その日は違います。信号が赤になる事を集団のすべての男性が思っている事は間違いありません。願いは叶えられ次の信号も赤でしたが、私の席は壮健な青年達との競争に負けて、B席に転落してしまい観察は思うにまかせません。やむをえず、ダイヤの観察はあきらめ、ダイヤを観察する人を観察する事としました。
バイクの集団の青年達は真剣そのもの、視線は全員微動だにしません。そこへいくとタクシードライバーはこういった場面には慣れているのでしょう、にやにやと余裕の視線。乗用車のサラリーマンは電気剃刀でヒゲ剃りながらの鑑賞です。ダンプの助手席にいるタオルをはちまきにしてお兄さんは、図々しくも窓から身を乗り出して見ています。あの高い位置からなら、かなりよく見えるのでしょう。朝からついてるという面持ちで鼻の下を伸ばしています。
この時また信号が変りました。

  今度こそいい席を確保しようと、必死の好スタートを切った私は、ピンクバイクに対して最高のポジション左横の位置を占め、「赤になれ!赤!赤!赤!」と祈りながら前方路面とダイヤとを交互に見つつ進んで行きました。
果たして、信号は赤、座席はS席、相撲で言えば「砂かぶり」ある種の芸能で言えば「かぶりつき」というポジションです。さあ、落ち着いて取材をと思ったその時です。ピンクバイクの右に私よりイッパク遅れて到着した、さっきからの目障りな"おばさんライダー"が、そのダイヤに気が付き、こともあろうにそのダイヤの所有者に「あんたファスナー開いてるわよ」と耳打ちしたのです。ピンクヘルメットの女性は慌てて腰のダイヤに手をあて、その柔肌の露出に触れるや否やサーっとファスナーを引き上げ、一瞬にしてダイヤはただの生地の縫い目に変ってしまったのでありました。

  この一瞬の出来事に、私は集団の大きな溜息が聞こえてきたよう気がしました。事実、ダンプのタオル鉢巻きのお兄さんなどは露骨に「あぁーあ」と声をあげ、鼻くそをほじくりながら首を引っ込めてしまったのでした。見回せば、ほんの少し前までは統率のとれたコマンド部隊のような集団も、一瞬にしていつもの烏合の衆にと変わり、視線もバラバラに、空を見上げる人、恨めしそうにあのでしゃばりお米、いや、おばさんをにらむ人、各人それぞれに白日夢からさめていくのでした。突然Uターンする奴までいました。
信号が変ると、もう統率も交通マナーもありません。我先へと前に出て、いつもの朝の通勤風景となるのでした。

  あのおばさんの存在はやむをえない現実です。花に風、月に群雲とも申します。
しかし、それにしても、純粋無垢な30数人の前途ある青年と、純粋無垢でもない前途もないおじさんの、朝の希有の幸運を無残に打ち砕く権利がおばさんにあるでしょうか!黙っていてもおばさんには何の不利益もありますまい。ピンクのヘルメットもおばさんの指摘でかえって恥ずかしい気持ちになったのではないでしょうか。知らぬが花の吉野山という言葉もあります。

  と、思いながらも、決しておばさんを非難したりしない、沈黙の集団はチリジリに学校へ会社へと散っていくのでした。ダイヤのないピンクヘルメットも何処かへと去っていくのでありました。

 


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