その日、私は深夜まで酒を飲んでいました。そして3時過ぎにふらふらと布団にもぐり込むとすぐに、泥のように眠りました。しかし翌日、何と9時半に起床出来たのは日本男子たる父親としての自覚からだったのでしょうか・・・。その時はまだこの後にくる悲劇を知る由もありません。
居間に降りてくると、子供らはテレビでアニメを見ながら朝食のパンを食べていました。私も朝食をと思い、そこにあった私用のコップに牛乳をなにげなく注ぎました。そしてパンの来るのを待っていると何とご飯と納豆が出てきたではありませんか。
「あれー、俺だけパンじゃないの?」
「パンなくなったの。これでいいでしょ」
もともと私は朝食はご飯が好きなのです。特に納豆は好物で、なかんずく銘柄は水戸おかめ納豆の「副将軍」が一押しです。これは粒が大きく柔らかい。そこで「まあ、いっか」てなもんで、納豆を練り始めました。
話は脇にそれますが、納豆はよく練るのがこつです。昔から「練る子は育つ」
と言います。ウソウソ、でも練るほどうまくなります。まず1、2滴の醤油
を垂らし練ること1分、また1、2滴垂らして1分練る。これを数回繰り返
して出来上がり。いっぺんにドバーッと醤油を入れるのは素人です。この方法
は北大路魯山人の本に載っているやり方です。ホント。
納豆の話はいいとして私はその時、昨夜の酔いもあって少々のどが渇いていました。それに納豆食べながら牛乳でもないな、と思い納豆ご飯の前にスーッと一息でそのコップいっぱいの牛乳を飲んでしまったのです。
私は牛乳不耐症です。牛乳を一気に飲むと、ほぼ8割がたおなかがゴロゴロして、そのうちピーピーになるのです。要するに牛乳ゴロゴロピーピー症なのです。ただしゆっくりとパンでも食べながら、よく噛み噛みして飲めば8割がたは大丈夫なのです。
しかしその時の私は油断していました。もうコップに注いでしまったし、納豆といっしょには飲みたくないし、酔いざめでのどは渇いてたしで一気飲み。これが悲劇の始まりでした。
そして11時、私は運命の時を迎えようとしていました。その日は中学生の長男が英語検定の面接に行くというので、試験場になってる某高校に送って行き、帰りはどっかスーパーにでも寄って買い物しようということになっていたのです。下の2人の子と妻も車に乗せて総勢5人、いざ出発という時、私のおなかがコロと小さく囁きました。しかし私は牛乳を飲んだことはすっかり忘れてしまっていました。
出発してほどなくコロがゴロに、ゴロがゴロゴロに、ゴロゴロがゴロンゴロンになって、運転しながら額には脂汗がたらり。おなかの痛さが波の寄せ来るようにグーッと痛くなるのとスーと引いていくのが繰り返し、陣痛もかくやと思われる痛みが容赦なく襲いかかるのです。思わず「ウゥッ」っと唸ってしまった私に、隣に座っていた妻が
「どうしたの、顔色悪いよ」
「だめ、腹いてぇ、出っそう」
「え、こんなとこで、だめよ。試験に遅れるし」
「ん、がまんずる。ぐぐっ」
こんな会話をしながらも、もう爆発寸前。周期的に襲う腹痛はその間隔が次第にせばまり、
「あれー、生まれるー」
思えばあの納豆の銘柄「副将軍」もこの悲劇を暗示していました。副将軍といえばあの天下の副将軍、水戸黄門。黄門様が牛乳と腹の中で合戦、我がコウモンも怒って今や爆発寸前。さらに悪いときには悪いことが続くもんで、車が渋滞でさっぱり前に進まない。その某高校に行く道路というのが片側1車線の狭い道で進むことも戻ることもできない。
それでものろのろ進んで、長男は途中で降りて走っていったけど、腹のゴロゴロはもう出るまで止まらず、どーしよー。
「どっかトイレはないかー」
と、かぼそく叫んでもこの辺には何もない。少し行くとJRの踏切があってさらに渋滞。もはやこれまで。殿ご落城にござりますぞ、お覚悟を、カウントダウンが始まった。
こんなところで、こんなところで漏らしてしまったら長年つちかった父親としての権威はどうなるのか! この月賦の終わっていない車はどうなるのか、臭いは充満するだろうか、パンツはやはり捨てたほうがいいだろうか、さまざまな思いが虚ろな私の脳裏をよぎりました。もう生きてはいけない。と、その時、助手席の妻が叫びました。
「ほら、あそこに!ある!」
「えっ」
*公衆便所全景*
シンプルな中に必要かつ充分な機能を備えている、が、紙はない。
この写真を撮る時、私は数組のアベックに不審の目で見られた・・・。
とその指さす方を眺むれば、そこは東照宮、あの日光の東照宮と同じく恐れ多くも徳川家康公をおまつりする高名な神社。その横に東照宮2丁目公園があり、そそ、そこになんと後光が差すかのように燦然と輝き聳え建つ麗しい公衆便所。その名も忘れもしない
「市立東照宮2丁目公園内公衆便所」
東照宮 家康公の御威光が我がこうもん様の怒りをおさえるか。私はすばやく車を歩道に乗り上げ、ダッシュボードから、道で配っているサラ金のポケットティッシュを鷲掴みにすると、いざ鎌倉とばかりに一気に走って行こうとしたけど大またには走れない、もれるー。ほとんどひきつったオカマの道行き(でもねー、子供は父親の背中を見て大きくなっていく、って言うけどうちの子はいったいどんな人間になるのでしょう。やっぱ、おバカでしょうか・・・)
よろよろとほとんどよろめくようにトイレに辿りつくと、扉をしめるのももどかしくベルトの金具に手を・・・。
この後の描写は私の最も得意とするところではありますが、割愛させて
頂きます。なお、この公衆便所は世間の通例である臭い、汚い、怖いが全
くなく、清潔で明るい水洗トイレでした。皆さんもよろしければ、一度
見学に・・・「誰にも会わずにウンコがデキル」要ティッシュ。
*町で配られる消費者金融のティッシュ達*
配っていたら迷わず近づいて、出来れば2個もらおう。
無料のティッシュと侮ってはならない、運命を変えるカミとなるかもしれない。
あーすっきり。いったいあの痛みはどこへいったんだろうか。にぎりしめた
「アイフル」のティッシュには松本伊代ちゃんが「生活じょ〜ず」とやさしく
微笑んでいました。よーし、お金を借りる時はアイフルに!とかたく心に誓
いながらゆっくりと公園を歩めば、空はあくまでも青く、生きる喜びをかみしめ
ながら車に戻れば、妻子は心配げに笑って私を迎えてくれました。
その日は子供にマンガなど買い与え、なぜかゴマをする私でありました。